君の帰る場所 後編
前後編を中途半端にきっていて申し訳ありませんm(__;)m
真っ暗な暗闇から輝夜奈が現れる。
「初めまして奏のお父様、お母様。突然の訪問お許しください、今日こちらによらせて頂く事になりましたのは、私がこのような姿になってしまい、奏の配慮でこの村で体を洗って行かせて頂こうという事になったからなんです。申し訳ないのですが、お風呂場を貸しては頂けませんか?」
丁寧に挨拶をする輝夜奈を春歌は一目で気に入ったらしく、快く了解する。
しかし、執事としては王女が直々に頼むという事が許せないらしく、眉間にしわを寄せていた。
「奏……お前、やるな」
直哉が急に話し掛けてきて奏の肩に手をかけ、しきりに頷く。
「は……? 何が?」
気が付くと、いつのまにか集まった村の者達の顔も、にやにやとしていた。
「とぼけなくてもいいって、まったくあんな可愛い彼女作るなんてさぁ」
奏は直哉が言っている意味がさっぱりわからない。
「誰の事……?」
「そこまで言わせるか、お前も罪作りな奴だなぁ。今の時点であの子しかいないじゃないか、あの国家調査隊の子。敬語で話さなくちゃいけない城の中で、“奏”、なーんて呼ばれてるじゃないか」
ようやく合点のいった奏は完全に固まる。そして村人以外の奏の部下達の間の空気も凍り付く。
皆、直哉が絶対踏んではいけない地雷を踏んだと思った。しかし直哉はそんな空気に気付かず輝夜奈に近づいていき、輝夜奈の頭を撫でる。
「お嬢さん、見る目あるねー、こいつなら絶対将来も安定してるから。何より、浮気とか器用な事出来るタイプじゃないし」
「直哉ぁーーっっ!!」
奏は思わず直哉に叫んだ。しかし何からどう怒ればいいのか、さっぱり分からない。
言われた輝夜奈も驚き過ぎて何も言えなくなっている。
そして執事の顔はこれまでに無い程恐ろしくなっていた。それを見て、奏はもぅ泣きたくなる。
(頼むからこれ以上波風立てないでくれよっ!)
「とにかく違うから! なんて事言うんだよ、この方はな……っ!」
一生懸命否定をする奏をみて周りは余計に怪しむ。
「あらー、私、こんな子がお嫁に来てくれるなんて嬉しいわぁ」
「母さんっっ!」
春歌の爆弾発言に、奏は真っ赤になってしまう。
「春歌……なんて事言ってるんだ」
そんな中響いた、父親である拓の春歌を諫める言葉が、奏には救いの声に聞こえた。
(父さん……っ!)
唯一拓は、輝夜奈が王女であることに気付いているのかもしれないと、奏は期待する。
「結婚なんて話題はまだ早いだろう。奏だって困っている。それにそれは本人同士の問題だよ」
(父さぁーーん!)
奏は最後の望みを無くし、その場に崩れ落ちる。部下達は全員奏に同情していた。
暗がりのせいか王族の証である金色の瞳は見えないようだ。
(けど姫に至っては両方の瞳は色違いになっているんだから、誰か気付いてもいいだろうにっ!)
「うぉっほんっ!」
物凄い大げさな咳払いをして執事が輝夜奈の横に立ち、輝夜奈に触れている直哉の手を振りほどく。
「王ー女様っっ! ちゃんとご挨拶をなさりませっ! まだお名前を名乗られておりませんよっ!」
執事は王女と言うところを、かなり強調して言った。端から見てもご立腹であるのがよくわかる。
周りもそんな様子の執事の言葉に、えっという顔をする。
非常に困った顔をして輝夜奈はおずおずと一歩前に出て、周りにお辞儀をした。
「申し遅れました……。輝夜奈=チェルノーゼム=アーリストです」
輝夜奈の名前が響き渡った瞬間、その場は凍り付く。奏もこれからの事を考えると頭が痛かった。
*****
「何ですぐに王女様だって言わなかったんだよ!」
顔色を真っ青にした直哉は奏に詰め寄る。
「言おうとしたら色々邪魔が入ったんだよっ」
こんな言い争いをしているが、争いの元である輝夜奈本人は、今は入浴中だ。
「だいたい暗い場所だから瞳の色は見えないし。そもそも何で王女様が国家調査隊の制服着てるんだよ?!」
直哉の疑問は最もで、その言葉には奏も苦笑するしかない。
「夕飯の準備出来たわよー」
外で言い争いをしていた二人に春歌の呆れたような声が届いた。なので二人は渋々言い争いをやめる。
春歌は、急ではあったが奏達の歓迎パーティーを開く事になったので、その準備をしていたようだ。
パーティーが行なわれる場所は、結構な人数がいるので、村で一番広い教会になっていた。
「先に行っといてくれ、俺は姫様が出てくるのを待っているから」
そう言って奏がその場に座り込むと、直哉は動かず、しばらく無言になり、奏を見つめる。
「さっき会った時も思ったんだけど、お前本当に身長伸びたな」
「何だよ、急に」
直哉の急な言葉に訝しげな表情を奏が浮かべると、直哉はわははと笑って、ぐっ、と奏の頭を押さえる。
「いや、四年も経つと大人っぽくなるもんだと思ってさ。お前こーんな小さかったのに、すっかり偉くなったな」
直哉の目がすっと優しくなる。
「俺のあとにずっと付いてきてたちびっ子が、今は一族が誇る神守だなんて、今だに信じられねぇな」
「何だよ、それ。一応もぅ四年も神守やってるんですが」
そういってすねた顔をする奏を見て、直哉は吹き出す。
「そういう所は変わってないのな。なんか嬉しいわ」
言っている意味が分からず、奏は首を傾げる。直哉は今度はそんな奏の背中をぽんっと叩き、横に座る。
そして真剣な顔つきになると、奏に語りはじめた。
「なぁ……奏、お前は昔から何もかもを全部背負い込む癖があるだろう? 俺は神守とか、物凄く重い役職に就こうとしてるお前が心配だったよ。お前はまた一人で何もかもを背負い込んで、あまりの重圧につぶれちまいそうでさ。……まぁその心配はなさそうだが」
「直哉……」
奏は少し驚く。
そんな風に心配してもらえているとは思っていなかったからだ。奏は横に座っている直哉をじっと見つめる。
月明かりの下の幼なじみは穏やかで優しい顔をしていた。しばらく二人の間に無言が続いていると、雲が月を隠し、静かな闇が辺りを包む。
しかし、その雲はすぐに途切れ、また月明かりが差し始め、二人を照らす。すると、ぽつりと直哉が言った。
「それでも……どうしても、辛くなった時は……」
「…………」
「つぶれる前に、ここへ戻ってこいよ……ここがお前の帰る場所なんだから」
「……!!」
奏は驚いて言葉にならなかった。
「まぁ何だ、お前は俺の夢だからな、そう簡単に潰れられたら困るんだよ。俺がな」
照れ臭いのか、そう付け足す直哉の足を奏はじっと見つめる。5、6年前に直哉は足を痛め、国家部隊に入る夢をあきらめざるをえなくなったのだ。
だから彼は奏が部隊に入ると聞いた時誰よりも喜んでくれたと、春歌の手紙で奏は知っていた。
「ありがとう、……直哉」
「おー、どういたしまして」
直哉は奏の頭をくしゃくしゃっとかき回す。その手の温もりが奏の心にしみ込んでいく。知らず知らず奏の目から涙がこぼれた。
今まで見知らぬ土地で一人で頑張ってきた幼い神守にとって、一人という事はどれほど心細かったことか。
誰にも弱い面を見せてはならない。自分に敵意を見せる人々に認めてもらうために、常に気を張っていなければならないのは、本当に辛いものだったのだ。
だから懐かしいこの場所に触れる事で奏は癒された。そして、直哉にそう言われた事で本気で心がほっとしているのだと自覚する。
戻れる場所があるのだと誰かに言ってほしかったのかもしれない。
だからといって奏はこの道を選んだ事を後悔した事はないし、輝夜奈を守りたいと思っている。
ただ、少し疲れていただけなのだ、周りの目を、気にし続けなければならない事に。それを全部見透かすように、直哉は涙をこぼす奏の背中を撫で続けた。
「無理だけはすんなよ、全部一人で背負い込むな、お前だけじゃ背負いきれない事もあるさ」
「うん」
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