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君の帰る場所 前編


「これはどういう事ですかな?」


 物凄く怖い笑顔で執事が奏に詰め寄る。原因はさっき穴に落ちたせいでひどい姿になってしまった輝夜奈の事だ。


「申し訳ありません。少し目を離したすきに……」


 奏は言い訳などせず、素直に頭を下げる。


「何ですと?! あぁこれだから若い神守など頼りにならないと言ったんですよ、私は! 奏殿、あなたは本当に……!」


 この執事は奏を神守にすることを反対した内の一人であるため、4年経った今でもこうやって奏にきつい言葉を浴びせてくる。

 ほとんどの人が奏の事を神守だと認めてくれているため、数少ないこんな態度をとる人の言動が、奏にはかなり堪えた。

 そして、まだ言葉が続きそうな執事を輝夜奈がすかさず止める。


「やめてよ高畑。奏は悪くないわ、私、奏が目を離した隙に勝手に先に進んで……転んだの」


 さすがに穴に落ちたというのが恥ずかしいのか、変な所で間が空く。

 しかし輝夜奈が入ってきた事で執事はこれ以上奏をきつく責められなくなったので、怪しむことなくわかりましたと一礼して、一歩その場を引いた。


「ごめんなさい、奏。私のせいで」


 輝夜奈はしゅんとする。自分の失態のせいで奏か怒られるのが、相当きいたらしい。


「いえ、それよりかばってまで頂いてすみません。しかし、これからは本当にあんな行動はお止めください」


「うん」


 こくりと輝夜奈は頷く。すると様子を見ていた執事の目が厳しくなった。

 それを肌で感じ、奏は、今度は何だとため息をつきたくなる。


「……神守殿」


 嫌味ったらしく奏の肩書きで呼ぶ。


(ここでそんな呼び方するか?)


 奏には嫌味に聞こえ、腹がたったがそれを出さずに執事の方に向き直る。


「何でしょうか」


「王女様のその格好、どうなさるおつもりで?今から道をかえて近くの村に戻っていては、隣国を訪れる約束の時間に遅れますぞ。それでは隣国である香椎国(かしいこく)に失礼を働くことになり我が国の名誉や評判が落ちてしまうではないですか」


 国同士ほどの関わり合いになると、少しのことでも、どんなこじれを起こすか分からない。 その事を執事は言っているのだ。

 それにどこの王女が泥だらけで他国への挨拶などするだろうか、やはりこのままの姿で輝夜奈を行かせる訳には行かない。しかし万が一でも奏がこんな秋真っ盛りの気候の中で、


「川で水浴びしたらどうですか」


 なんて言おうものなら、執事は間違いなく激怒するだろう。奏に残された選択は一つであった。


「……この香椎国へ行く道の途中にある村に行きましょう」


 俯きながら奏がいうと執事は満足したように頷く。


「そうして頂きたい。あなたには悪いですがな」


 奏がこの話にあまり気乗りしていないのも、執事がこんな風に言うのも奏達が向かおうとしている村に理由がある。

 その問題の村とは、奏の生まれ育った村、故郷の事だ。生まれ育った村に帰る事は、どんな理由があろうと王族を守る部隊では任期中は禁止されている。

 これを破れば罰として自室で二週間、雑務の一切を引き受けなければならないのだ。しかし、香椎国と奏の自室謹慎、比べても優先すべき事項は明らかだ。


(まぁ帰るのはあと何ヵ月も先だし、今回は俺が悪いんだから、それくらいはしないといけないよな)


 自分に言い聞かせ、これからどうするかは決まったので部隊を率いるため、奏は再び馬に乗る。

 しばらくして、後ろの出発準備が整ったのを確認すると、一番後ろまで聞こえるように大声で告げる。


渡村(わたりむら)へ向かいます!」


*****


 秋になった空は日暮れも早く夜になると冷え込むので、なんとか夜になる前には渡村に着きたい奏達は馬をとばし、道を急ぐ。

 しかし森を出発したのが遅かったせいか、完全に日が暮れてしまった。

 しばらくして奏の見慣れた道まで到着したので、徐々に全体の進むスピードを緩める。

 そうすると、ぽつりぽつりと村の灯りが見え始め、奏にとって懐かしく温かい光景が広がる。


「何者だ?!」


 村の前に着くと、門番らしき者達が武器を構えていた。暗がりで奏達の姿はよく見えないらしい。

 奏はよく見知った人物が門番達の中にいるのを見付け嬉しそうに駆け寄った。


直哉(なおや)! 久しぶり、俺だよ、奏だ!」


 灯りがかろうじて届くところまで来た奏を、門番達は驚きの顔で見つめる。


「村の誇り高い神守の名前を語るとは……だいたい神守はあと一年は帰ってこれないんだぞ!」


 そんな中、一番年若そうな門番が奏を怒鳴りながら詰め寄ろうとする。だが周りがそれを止めた。


「なっ、何するんだ! 離せっ! この野郎、一発殴ってやらないと気がすまないんだよ!」


「ったく、お前は奏の顔知らないから仕方ないけど、他のやつらを見てみろよ、皆こいつが本当に奏だってわかってるぜ」


 先程奏が直哉と呼んでいた青年は、年若い門番にそういってから奏に近寄る。


「久しぶりだな、奏。驚いたぜ、どうしたんだ? 急に」


 この直哉という青年は、奏の武術の道場仲間で奏より5歳年上である。奏は彼に、小さい頃からよく面倒を見てもらっていた。


「今、香椎国に向かう途中なんだ。本当はどこかでキャンプの予定だったんだけど……ちょっとそうできなくなって」


「そぉーーーっっ!」


 直哉に事情を話そうとしている奏の言葉を遮る二つの声が聞こえたと思ったら、奏は、がばっと抱き締められる。


「か……母さん、父さん、苦しいよ」


 奏は、二人があまりに力一杯抱き締めてくるので息が出来なくなる。門番の誰かが両親に、奏の帰りを知らせたようだった。


「帰ってくるなら早めに手紙でもくれればいいのに、そうすればご馳走をたくさん準備できたのよ!」


「それとも父さん達を驚かすつもりだったのか?」


 久しぶりにあった両親は、相変わらず優しい空気を纏っていて、懐かしさで奏は少し泣きたい気分になる。

 しかし、それは悟られたくないので努めて明るい声を出した。


「ついさっきここへ来る事が決まったんだよ、今、香椎国に向かう途中なんだ」


 それに納得した両親は、今度は黙って奏をじっと見つめ続けた。


「大きくなったなぁ、奏。その国家部隊の制服もよく似合うようになったみたいだ」


「そうね」


 二人は嬉しそうにまた奏を抱き締める。温かい両親の匂いが奏の鼻を掠めた。

 奏はゆっくりと目を閉じ、二人に身を任せる。


「ただいま……父さん、母さん」


「おかえり、奏」


 奏は、疲れていた心が癒されている事に気付く。そしてこの村が自分にとって、いつかは帰るべき場所なんだと感じた。


「でもね、奏、帰ってきたならそれを先に言いなさいな。挨拶が大切だっていつも言ってたでしょう」


 春歌が母親らしく説教をする。それさえも奏は嬉しく思った。


「奏殿。再会の喜びの邪魔をして申し訳ない、しかしそろそろ本題を思い出して頂きたいのですが」


 突然執事の声がして奏は、はっとする。後ろを振り向くと、姿がよく見える場所に執事が立っていて、その額にはうっすら青筋が見える。

 それで、奏は結構長い時間が経っていたのだと理解し、慌てて両親に本題である、輝夜奈を風呂に入れる事を頼もうとした。ところが、


「私から頼むからいいのよ、高畑」


 澄んだ高い声が辺りに響いた。




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