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君の願い事 後編

 奏達一行は、しばらくして願いの森に到着した。

 ピーッチチチチ……

 甲高い小鳥の鳴き声が辺りを包み、どこまでも続いていそうな森は、どの木も樹齢数百年を、優に越えていると思われるほどの大木ばかりだ。

 生い茂る緑の葉で、光は少ししか地面に差さず、そのために、地面には苔類などしか生えていない。


「うーんっ! 空気が違うね。なんかすっきりしてて冷たい感じ」


「そうですね」


 苦笑を浮かべる奏。その視線の先には、大きく伸びをしながら空気を吸い込む輝夜奈がいる。

 しかし、その身には先程まで着ていたドレスではなく、どこから仕入れて来たのか、この国の女性用の調査隊の制服が身に付けられていた。

 どんな所でも歩きやすそうな靴、動きやすそうな濃いベージュのズボン、きっちりとした印象を受けるシャツ。

 そして、いつもは下ろしている髪も結い上げて、一つにきっちり纏めている。


(この人は本気で冒険をするつもりなんだ……)


 呆れを通り越し、感嘆する気分になる。

 しかも輝夜奈は制服をしっかり着こなしてしまっている。これだけ似合えば誰も王女などと気付かないのではと思うほどだ。調査隊の人物にしては、まだ顔にあどけなさを感じるが。


「所々に差し込む光が幻想的ね、絵画みたい」


 輝夜奈が指を指す方向に顔を向けると、薄暗い森の中に、まるでスポットライトを当てたような光が何本か入り込み、地面を照らしている。

 不思議なことにそこだけには苔も生えず、土が顔をのぞかせている。


「奏様、これからどうされるおつもりで?」


 護衛の為に輝夜奈についてきた4人の部下が、困ったように奏に問い掛ける。

 つれてきた者達以外は、馬車の所で休憩を取らせてある。


「姫様はこの辺りを散歩……いや、散策か? ……まぁとりあえず色々見てみたいらしいのです。悪いですが付き合ってくれませんか」


「はぁ……」


 部下は顔を見合わせ、困ったものだと言い合う。


(こりゃまた姫のわがまま説が出回るな)


 実際言っている事はわがままではあるが、輝夜奈は王女、いわばかなりの温室育ちだ。

 奏達のように、自然とともに暮らしてきた者にとっては何でもないことでも、彼女にとっては外の世界の何もかもが、珍しいものに感じられるだろう。

 だからこうやってはしゃいでしまうのも仕方のない事なのだ。


「ねぇ、みんな早くぅーっ!」


 気付くと輝夜奈は一人で大分先に行っている。


「姫様、一人で先に行かれては危険です!」


 慌てて奏と部下達は駆け出す。


「大丈夫よ、もぅ奏ってば小さい子扱いしないでよ! これでも一応もぅ14さっ……きゃぁっ?!」


 後向きに歩いていた輝夜奈が急に奏達の視界から消えた。


「姫っ?!」


 奏は血の気が引くような感覚を覚えた。心臓が早鐘を打つ。

 周りの部下達も表情が焦っている。すごい勢いでその場に辿り着くと、辺りを見回すが輝夜奈の姿は見えない。


(俺が姫から目を離したばっかりにっ!)


 奏は拳を、近くの木にぶつける。どぉんっと鈍い音が響いた。

 誰かにさらわれたのかもしれないと思うと、自責の念が重くのしかかり、奏は血が出そうな程強く拳を握る。


「奏様……今すぐに一緒に探しに行きましょう。一人で抱えなくてもいいですから」


 部下の一人が奏の肩をぽんっと叩く。すると心の重みが少し軽くなったような気がした。あとの部下も笑顔を浮かべている。


「ありがとう」


 奏にとって、それが有り難かった。


「奏様はまだ14歳になったばかりじゃないですか、ここにいるのはみな、もぅいい歳の者達ばっかりなんですから。たまには年の功に甘えて下さいよ」


 部下達は奏を、本当の息子のように大切にしてくれる。


「……それじゃぁ行きますか」


 その言葉で少し軽くなった気持ちを掲げ、奏は前に一歩踏み出す。


「ちょっ……ちょっと待ってよー!」


 一行の進行を阻む声が響く。聞き覚えのある、少し高めのソプラノ音に、奏の足は止まる。


「私を置いていかないでー!」


 奏は慌ててその声の出所を探し、自分達のいる場所の横にある穴を見つける。声はそこからしていた。


「姫様?!」


 思ったより深い穴をのぞくと、その中に土だらけになった輝夜奈がいた。奏は本気で安堵の息をもらす。


(よかった、よかった……。本当に)


 みんなで輝夜奈を穴から救い出すと、輝夜奈はその場にペタリと座り込む。


「びっくりしたぁ」


 そのまま首をかくっ、と折り曲げ、力なくうなだれた。


「驚いたのはこちらです、もう勝手に一人で行かないで下さい」


 奏は輝夜奈の目線に合わせるため膝をつき、目を合わせて真剣に怒る。


「ごめんなさい」


 しゅんとする輝夜奈。周りの者達も一息つく。


「でも王女様がご無事でなりよりでしたよ、ねぇ奏様?」


 フォローのつもりなのか、部下の一人が奏に問い掛ける。


「確かにそうですね」


 実際にそう思ったので、素直に同意する。

 すると、俯いていた輝夜奈がくすりと笑った。皆、驚いてそちらを見る。


「変だな……怒られたのに嬉しいなんて。こんな風に心配してもらえたからかな? ありがとう、みんな。心配かけてごめんなさい」


 顔を上げ、本当に幸せそうな笑顔を見せる輝夜奈に皆、顔が緩むのを感じる。これが苦労も吹き飛ぶというやつだろうか。


(姫って何げに世渡りが上手かもしれない。……しかも無意識で)


 少し赤み掛かった頬を隠すように手で口を押さえ、奏は思う。

 先程奏を襲った重い気分も、いつのまにか、どこかへ飛んでいた。


*****


 あれから30分程経っても、奏達はどんどんと森の奥へ進んでいた。

 目的は願いの森の中心にあるという、一際大きい林檎の木。

 何でも輝夜奈の話によると、その木は一生に一度だけ、願いを一つ叶えてくれるのだとか。


「ありきたりな話すぎません? それに何度もここに来ましたが、そんな話聞いた事ありませんし、信憑性に欠けますね」


 なんていう奏の発言もありつつ、彼らは林檎の木を目指している。

 何だか完全に打ち解けている様子の部下達と輝夜奈は楽しそうに話している。

 それを尻目に、奏は目印を付けながら進んでいく。

 しばらくすると木々の切れ間が見えた。


「あれ? 森を出たか……この森、そんな大きくないからな」


 しかし、切れ間はそこにしかないので、森を出たわけではなさそうだった。


「あっあそこだよ、奏。確か唯一空が見える場所にあるって言ってたもん」


 輝夜奈は嬉しそうに飛び跳ねて、急いで行こうと、奏の腕を引っ張る。

 輝夜奈に引っ張られ、木々の間を走り抜けると、急に世界が眩しくなって、奏は目が開けられない。

 しばらくして、ゆっくり目蓋を開くと、目の前に周りの木々より一際大きな木があった。

 その木は青々とした豊かな葉を風に揺らし、太陽の光を反射してきらきらと輝いている。


「…………」


 二人の口からは言葉が出てこない。なぜか、ここだけは別の空間のように思えた。

 あとから来た部下達もこの情景に言葉が出てこないようだ。

 すっ、と奏の腕を掴んでいた輝夜奈の手が離れ、そよ風のように輝夜奈が木に近づく。

 それはまるでこの世界に溶けたような動きだった。

 そっと幹に触れ、やさしく寄り添い、彼女は目をつむる。


「……聞こえる」


 さぁぁっと風が輝夜奈の髪をさらう。


「聞こえる……木の生きている音、奏も聞いてみようよ」


 輝夜奈がつむっていた目を開け、奏を呼ぶ。奏は呼ばれるままに、自分も木の幹に触れ、木に寄り添う。

 コポ……と、水を吸い上げる音が聞こえた。


「聞こえた?」


「はい」


 その時、奏の中に不思議な感覚が芽生えた。


(何だろう……この感じ。……あ、これ)


 奏は一つの事実に気付き、ばっ、と木から離れる。


「ど……どうしたの? 顔真っ青よ?」


 輝夜奈が驚いて奏の顔を覗き込む。


「な……何でもないです」


 奏は思わず目をそらす。その行動自体が説得力を無くしているのだと気付き、自分に心の中で舌打ちをする。

 しかし、輝夜奈は意外にも何も言わなかった。代わりにそっと奏の手を両手で掴むと、輝夜奈の胸の前まであげ、穏やかな優しい笑顔を浮かべる。


「奏もこの木にお願い事しない?」


 それが輝夜奈の精一杯の慰めである事がわかっていたので、奏は心が温かくなる。

 彼女の笑顔が奏に大丈夫だ、と言っている気がした。そして奏は先程の感覚をもう感じなかった。

 木を見ても、心に何も芽生えない。それに気付き、輝夜奈に握られた手をじっと見つめ、笑ってしまう。


(俺が守るはずなのに……俺が守られてるよ)


 でも悪い気はしなかった。奏は、いつのまにか離れた場所で木に祈りを捧げる輝夜奈を見る。

 一心に祈る姿から、真剣な願いである事がわかる。そんな輝夜奈の願いは、かすかな声で呟かれていたので周りの部下達には聞こえていないだろうが、近くで一緒にいた奏には、少しだけ聞こえていた。



――次の神にふさわしい人だと、皆に認めてもらえますように――



 それを聞き奏は、はっとする。

 今まで彼女が神となることが、奏の中で当たり前のことであったため、輝夜奈のそんな願いに気付かなかった。

 考えてみれば当たり前の事だが、神なんて大それた者になろうという人が、プレッシャーを感じないはずないのだ。

 そして、それに気付いた奏は何だかとても誇らしい気分になる。

 奏の仕えている人が、自分の立場をしっかりと分かっていて、その責任を果たそうとしている、尊敬出来る人だと分かったからだ。

 不思議な林檎の木も、輝夜奈の声に応えているように見える。

 奏は木が本当に願いを叶えてくれるのではないかと思えた。


(なら……俺が林檎の木に願うことは一つだ)


 奏は目を閉じて、強く願う。脳裏に浮かぶのは、輝夜奈の笑顔。


(どうか、姫をずっと守れますように)


 奏が目をあけると、緑がとても眩しく見えた。


(それにしても、神になろうって人が、植物に頼むってどうなんだろう)


 そう考えると何か変な話である。


「よし……」


 祈り終わった輝夜奈は立ち上がり、木をしばらく見つめていた。


「帰りましょうか、ごめんね、つき合わせちゃって」


 そして後ろを振り返ると、帰る準備万端という雰囲気。

 しかし、奏は改めて彼女の姿をちゃんとみると愕然とする。

 穴に落ちたせいで、髪も服も泥だらけ、ところどころに掠り傷があるような状態で、これでは他国への挨拶など出来ないと思われた。


「どこかで風呂に入らないと……。でもなぁ、あの国に行くまでの村とかっていうのは一つしかないし」


「奏、早く来ないと置いていくよ」


 奏が一人で考えこんでいると、歩みを進めている一行から早く来るよう催促される。

 もちろん、先頭は輝夜奈で、奏を呼んだのも輝夜奈だ。


「あっ、すいません」


 奏は一行に駆けていこうとして、一度木を振り返る。木はさっきと何も変わったように見えない。

 奏はこの木に触れた時に感じたものが、朝、眠りから覚めた時に、奏が自分自身を忘れてしまうのと、よく似ている感覚であると、気付いた。そう、さっき言っていた一つの事実とは、この事である。

 それで、心のなかに沸き上がった何ともいえない恐怖から、木を本能的に離れてしまったのだ。


「何でなんだ……?」


問い掛けてもわかるはずもない疑問を口にする。


青空の色が少し悲しい色に見えた。




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