3層目⑥:夜の公園で
「最悪だ……。」
部屋に入るや否や、ヒカルの口を突いて出たのは自己嫌悪だった。
穏やかな空気から一転、さながらお通夜のような空気だった。
「話題が話題だけに、シャレになってないって……。」
沈黙に耐えられないのか、暗い部屋の中で独り呟きながら器用にベッドにたどり着く。
寝転んでも自己嫌悪は逃がしてくれない。
「明日、どんな顔して会えばいいんだ……。」
しばらく寝返りを繰り返していたが、いつの間にかヒカルの意識はまどろみに溶けていった。
一方、ヒカルを部屋に促しためぐるは、しばらくの間、ぼんやりと窓から月を見上げていた。
「ヒカル、眠ったかな……。」
途中までは、楽しく話していた。
冗談を言ったり、少し距離感が近い節はありつつも、会話は弾んでいた。
そのまま和やかな空気で食事を終え、寝るように促す。
そのつもりだった。
「例えば……か。」
『例えばだけど、死んだ人を、その、生き返らせるとか――』
呟き、めぐるは視線を落とした。
「何も覚えてないから、仕方ないけど。興味本位でも、聞きたくなかったな。」
小さくため息をつき、めぐるは小さく首を振った。
自分が気落ちしていることに気づき、思い直したのだろう。
「お散歩してこよう。」
玄関から出ると、振り向いて小さく「行ってきます」と呟く。
その声もまた、夜の静けさに溶けていった。
風のない、停滞した空気の中を、めぐるはゆっくりと歩く。
月明かりの道は、どこか無機質で冷たい。
けれど、めぐるにはそんなことは気にならなかった。
宛もなく、ただ何となく、めぐるは歩く。
やがて、夕方にブランコを漕いだ公園が見えてきた。
別段疲れたわけではないが、めぐるは何となく公園に立ち寄る。
そして、またブランコに腰掛けた。
夕方はただ楽しい気持ちでブランコを漕いでいた。
けれど、今は元気にブランコを漕ぐ気持ちにはなれなかった。
地面に足を付けたまま、膝を曲げては伸ばす。
ブランコはわずかに揺れるが、気分は沈んだままだった。
自然と視線も下を向く。
そうして数分。
視界の端に人影が立っていた。
めぐるは顔を上げ、影の主を見る。
夜を象徴するような濃い藍色のロングコート。
月明かりで微かに輝く金糸のワンポイント。
浮世離れした銀髪は、光を受けて薄く青みがかっていた。
「なんだ、ツキノか。」
「ヒカルじゃなくて悪かったね。」
ツキノと呼ばれた彼――あるいは彼女。
男とも女ともつかない、不思議な輪郭。
静かで中性的な声は、停滞した夜の空気に自然と溶け込む。
めぐるの隣。空いたブランコに腰掛けながら、ツキノは続けた。
「元気がないね、めぐる。」
「ツキノこそ、こんなところまで下りてくるなんて珍しいじゃん。」
「めぐるが久々に動き出したから、気になってね。」
二人を照らす灯りが弱くなる。
月が雲に隠れる。
「ヒカル、何も覚えてなくてさ。私の能力の話してるときに、その。」
「あぁ、なるほどね。」
「顔に出ちゃってさ……。」
ツキノは立ち上がり、めぐるに近寄る。
座ったままの頭に手を伸ばすと、そのまま優しくなで始めた。
「ヒカルに悪気はなかったんだろう?」
「でも、ツキノのこと否定されたみたいで……。」
「彼はまだ、この能力のことを知らないんだし、仕方ないさ。」
めぐるを撫でるのとは反対の手が、淡い光を帯びる。
サッと手を振ると、その光は霧散した。
ツキノは自身の手を見つめ、手を握っては開き、視線をめぐるに移す。
「明日、ヒカルに謝れば大丈夫。またいつも通りさ。」
「うん。ありがと。」
「じゃぁ、そろそろ行くね。上で待ってるよ。」
めぐるが顔を上げると、そこにはもう誰も居なかった。
立ち上がり、砂埃を払う。
めぐるは一度だけ振り返ると、公園を後にする。
無人の公園では、ブランコだけがわずかに揺れていた。
ストック消化に伴い、次回更新まで少し間が空きます。
再開は週末を予定しています。
また続きを届けられるよう、少し準備の時間をいただきます。




