3層目③:小さな公園で
めぐるの後ろを歩きながら、一軒家を見かけるたびに玄関を叩いて回った。
チャイムを鳴らしても中から返事はなく、人の気配もなかった。
玄関ドアの鍵は閉じられ、開くこともなかった。
どうやら、このフロアも無人のようだ。
二人が路地から広めの交差点に出たとき、青地に白文字の案内標識が大小一つずつあった。
「標識か。ここは何があるんだ?」
大きめの標識には、フロアの概要が示されていた。
所々汚れや風化で読めなくなっている。
【←■校区■■/B、住宅区■A】
【↾娯■区画、商■■画】
【→■宅区画C/D、■療区画】
小さめの標識も同様に、所々読めないが、この区画の概要を示している。
【←B■■学校、B■公園】
【↾■区2丁■】
【→■区■丁目】
「ねぇ、公園行ってみようよ。」
これまでと違って、このフロアについてから、めぐるが積極的に意見を出してくる。
何か考えがあるのかもしれない。ヒカルは「あぁ。」と短く返し、めぐるの後に続く。
いくつかの交差点を曲ると、ようやく公園についた。
公園は、あまり広くない、簡素な児童公園といった様相だった。
所々塗装が剥がれた滑り台、錆びた鉄棒に、2人分のブランコ。
小さな砂場のそばには、大人が3人掛けられる程度のベンチ。
めぐるは、ブランコを見つけると、小さく駆け足で近寄っていった。
いそいそと腰掛け、楽しそうに前後に揺れ始める。
「なぁ、何か目的があったんじゃないのか?」
ヒカルは、めぐるに合わせて首を動かしながら声をかけた。
「目的?公園なら、あるかなって。ブランコ。」
何も考えていなかったらしい。
「避難所かも、とか、そういうのもなかったのかよ。」
ヒカルは脱力し、ベンチに腰掛ける。
めぐるが飽きるまで、しばらくかかりそうだ。
「あいつ、なんなんだろうな。変な奴だよ。」
めぐるを見ながら、呆れてつぶやく。
目覚めてからこれまで、落ち着いて考える時間がなかったが、ようやく時間ができた。
最下層で突然現れ、不思議な能力で機械や植物を直し、やけに選択を突きつけてくる。
後ろをついてくるだけかと思いきや、急に色々先に決めたり、先を歩いたり。
自販機の時も、選ばせるものかと。
公園に行きたがったのも。
「私ね、ブランコが好きなんだ。」
ヒカルが黙って考え込んでいると、めぐるが声をかけてきた。
めぐるのブランコが鎖を軋ませる音だけが、辺りに響いている。
「小さく動き出したかと思えば、弾みをつけて大きく揺れていってさ。」
めぐるは変わらずブランコに揺られながら続ける。
「でも、当然なんだけど、漕ぐのをやめると、止まっちゃうんだ。」
ふり幅が小さくなる。
「この世界もそう。人がいる間は、きっと回ってたんだと思う。」
かかとが地面に着き。
足の裏が地面に着き。
「そのうち、だれも居なくなって。」
めぐるが膝を曲げ伸ばしする。その分だけ、ブランコが揺れる。
「そこにヒカルが現れてさ。私、ちょっと嬉しかった。」
ブランコから立ち上がり、ベンチに近づくと、ヒカルに向かって手を差し出した。
「ありがとう。ヒカル。」
「もう満足したか?」
めぐるの手を取り、ヒカルは立ち上がる。
「んー……。」
少し考えるような素振りをしながら、めぐるは答える。
「全然?でも、今はここまで。今夜の寝床を探さないと。」
夕暮れだった空は藍色に近くなっていた。




