2層目⑥:今は、必要ない。
「あぁ。大丈夫だ。」
ヒカルは軽く頷いた。
相変わらず、じんわりとした暑さが肌にまとわりつく。
肌には、早くも小さく汗がにじみ始めていた。
ヒカルが歩き出すと、めぐるはその後ろをついて歩く。
「そういうの」が必要ないのだというだけあり、足取りは2層目についたころから変わらない。
後ろをついていくめぐるは、規則正しく肩が上下している。
対するヒカルは、時折つまづきながらも、歩みは止めない。
しかし、歩みを進めるごとに、吸う息が短く、吐く息が長くなる。
二人の間には、呼吸音と植物を踏みしめる音だけが流れる。
風はなく、ただ動いた分だけ空気が肌を撫でていく。
垂れさがる蔓を払った時、不意にヒカルの手が止まった。
指先は蔦に触れたまま、動きを止めた。
「それ、飲むの?」
やけに鮮明に、めぐるの言葉がよみがえる。
ヒカルの喉は、渇きを訴えている。
その訴えは小さく、しかし呼吸の度に確実に強くなっている。
「その水、ヒカルが切った蔓から出てるね。」
わかっている。
渇きを癒すには、どうすればよいのか。
必要な分だけ、この身で知ったのだ。
だからこそ、払いのけた蔓から、指が離れない。
めぐるは、ヒカルの背中を見つめ、何も言わなかった。
歩みを止めた彼を、ただ、じっと、見つめる。
いつもの笑みはなく、視線だけがまっすぐに向けられている。
草を踏む音は止み、ヒカルの呼吸も少しずつ長短が揃っていく。
わずかな停滞が、何倍にも感じられるほどに、辺りは静かになった。
やがて、ヒカルは葛藤を振り切るように強く頭を左右に振り、手で蔓を払いのけた。
「……今は、必要ない。まだ行ける。」
振り返ることなく、ヒカルはまた歩き始めた。
めぐるもまた、その後ろをついていく。
ただ、その口元は少しだけ微笑んでいた。




