タイムパトロール・アーム(02)
「大変だあ!オバケだ―!!」
レイコがてんやわんやしながら駐在所に戻ってきた。パトロールと言い張って時間流の中を一巡りしてくることが多いレイコだが、結局は暇つぶしに散歩しているに過ぎずそれもあまりにも何もない空間をほっつき歩くだけだから本当のところは暇つぶしにならず、すぐに戻ってくる。それでもそんなにすぐというわけでもないし、レイコのことだから三日ほどかけて脱出口を探すかもしれない。そう思って録画したバラエティを就業時間だというのに臆面もなく見ていた。こういうコントセットの中で人生を浪費していると、むしろ自分のことのようで涙が出てくる。コントセットの中で生きていなければもっと幸せに違いないのに、俺のわずかな楽しみがレイコに踏みにじられる。せめてもう少し行ってこい。前半が終わるくらいのきりのいいところまで。さすがに勝手に見ているのでそこまで求められず、何があったのかと聞いてみた。レイコはあーだこーだとツテをたどってやれ保障条約だやれ駆け引きだと山ほど脱出法を考えていた時、人魂を見たという。
そんなわけないだろう、とはなっから否定して俺たちみたいな地下以下のところにいるヤツはたまに目と頭がおかしくなってそういうの見えるんだ、と落ち着かせる。どこでどう人魂を見たか聞かないとわからないので、レイコが殺される―!とわめいているのを抑え込む。こういうときにボディタッチしても警察官の端くれなので業務である。こういうメリットが無視できないから、以下略。
人間はいつか死ぬのだから慌てるな、と余計鬱になることを言って自分もへこみ、こんな時間流の中で生きながらえてもくだらないだろうと無理に自分たちを鼓舞する。なんでもレイコは、頼りになる人に連絡を取ってなんとか……とこすっからいことを考えていたらしい。基本性能はそこそこ高いレイコなので、清濁併せ飲む感じの味方がいる、と自分では思っている。ホントかよ。案外向こうは面倒くさいから適当に流しているのをレイコがそう思っているだけかもしれない。レイコの言い分はあまり信じずに話を聞いた。
いつも通りの散歩ルートをほっつき歩いて、あそこからああ行けばこうなるなあ、となんとなく思いながら無理に決まっているのでしなかった。でもそういうことを考えていたのだから頭の中で連想して、小難しい時間軸の話がどうたらこうたら言っていたら話を見失った。そのときだ。無理に決まっている脱出ルート、要するに行き止まりのどんつきに、人魂。うわー!恐竜時代に身投げした先輩だー!恨み骨髄に決まっているので早く逃げないと殺される、とあながち間違ってもいないことを叫ぶ。やりかねないしな。だがあの先輩、というか俺の同僚が化けて出るならもっと過去の交番だから違うものではないか、と非常に心もとない意見でお互いに落ち着く。これだけでだいぶ落ち着くのだから極限状態だ。
電話の相手も落ち着け的なことを言っていたと思うがそれ以降はもうなにがなんだか、向こうでも人魂が出ているのかもしれないとまともな話が通じない。普段からそこそこ通じないヤツだから慣れていると思っていたのにこんなに通じないとは。俺は、慰めにもならないような同僚の話を聞かせた。
いいヤツと悪いヤツがいる。どれくらいいいヤツかは何で決まるって、割合なのだという。全員にいいヤツと悪いヤツの部分があるから、怒っていれば殴り合いになりかねないし落ち着いていれば案外いいヤツかもしれない。もしかしたら、すごくいいヤツとすごく悪いヤツがかっちゃんかっちゃん釣り合っていて、どっちかわからないかもしれない。どの程度かわからないが、俺はきっとそんなヤツなのだ、と。じゃあ悪い部分だけ悪霊になったら?と聞かれたらぐうの音も出ない。すごく悪いヤツだけになったら、再生しっぱなしのバラエティの冗談みたいなことになる。冗談じゃない。だってここはコントセットみたいなだけで職場なのだ。一緒に働いていた身としては、二面性というのを非常に強く感じていたのでバランスを崩して電話と一緒に身投げしたのだろう。死んでいいことなんて何もない。生きててもないけど。
そんな話をしていたので電話が鳴って驚いた。レイコの通話相手だった人が、折り返してきたらしい。信用できる人だから!と珍しく女々しいことを言うレイコ、好きです好きです心から、愛していますよとー♪こちらもそこそこ緊迫している。版権無視で歌わないと耐えられない。この交番に来る前は我慢強いと評判だったのに、環境が変わるとこんなに弱くなる自分が情けない。ぐう。
こちらも緊張で喉を締められる思いをして、レイコが電話を切った。なんて?と聞くと「話が伝わらないから追ってまた連絡する」と言われたらしい。二人しててるてる坊主に顔を描き「もう来ませんように!」と誰の何に言っているのかわからないことを願って手を合わせた。てるてる坊主―てる坊主―♪歌っているとレイコが怒った。電話のことだと思ったらしい。どうとでも取れるから困ったものだ。しばらく二人して、再生しっぱなしのバラエティを凝視していた。




