タイムパトロール・アーム(01)
お届け物でーす、と配送屋が荷物を持ってきた。気のいい配送屋たちはこの駐在所ができて俺が一人で働き始めた日に初めてやってきた客でもある。あの時は年に十人も人が来ないとは思わず、配送屋が来たら飛び上がってコーヒーを入れるのがいつものこと、寂しさにたまりかねてメッセージカードをつけたら喜んでもらえた。また来てください!と言っても仕事で来ているので普段は来てくれない。ここは駐在所だ。それから三年も経てば、人事異動で他のヤツも転属してきた。一人で時間流の中に浮かんでいると廃人になってしまう、と気がついたのかと思えば何かのチョンボで見せしめにもう一人押し込まれただけ、このもう一人来たレイコというヤツがスタイルだけは抜群のノーベル賞ものなのにおつむの出来が残念でいいことと悪いことの区別がつかないらしい。だからトラブルを乱発して時間流のど真ん中の駐在所にぶち込まれ、「なぜ俺たちが監禁されるのだ?」という点以外は話がまったく合わない。こいつがシャワーのときだけ妙に脇が甘いとかそういうのがなければ全面抗争に入っているところだが、前述のメリットが無視できないのでなんのかんの共存している。共存というには割を食うのだが、男というのはバカなのでそんなものなのだ。
タイムパトロールなどと言えば聞こえはいいが、時間流の中に一件普通の交番が浮かんでいて普通の警官と普通の婦警が一人ずつ、これは何かのコントセットなのだろうかといつも疑問になる。そんなわけで最近はコント自体見ない。普段がこうなので見ると嫌になりそうだ。無理して見るものではない。
配送屋が置いていった荷物を開けるためにじゃんけんする。こんな場所なのでダンボールを開けるというのは一大イベントで、ダンボールを開けるカッターを取り合って本気になる。最初はグー!またまたグー!時間流の中なので古いことはあまり気にならず、激戦の末にカッターを取られてぐうううう!とうなっていた。俺はこんなに弱い人間だったのか。レイコは意気揚々とダンボールを開けて、中身を取り出した。……バラバラの紙。おそらくは本だったのだろうが、綴じていないので形になっていない。パラパラとめくったレイコは、意味が分からない、とオレに渡してきた。読んでみると確かに意味が通らず、何のことだろうと首を傾げた。駐在所なのでこういうことがあれば本部に連絡するとかその手の話になるはずだが、この駐在所の電話はいつかけても本部につながらないという謎の壊れ方をしていて、「深く考えない方が傷つかずにすむ」とここもオレとレイコの意見が一致して調べていない。レイコ以前にこの駐在所に一人いた同僚は、一月持たずに頭がおかしくなり電話と一緒に恐竜時代に身投げした。そういう前例がある。電話を入れ替えたのに、故障は直っていない。
あんたによ、アーム、とここからは面倒なのでオレに押し付けたレイコは、イスにかけていびきをかいて寝始めた。こういうヤツがこういうことをきわめて無防備に始めるので、由緒正しき警察官らしく同僚相手にあんなところやこんなところをコチョコチョコチョ……と最初はしようとしたがコイツ反応速度とかその手の基本性能だけは高いので意識がない時を狙うとむしろ危うく一回捕まって腕を折られかけた。工夫次第でなんとかならないか、といつも考えているのだが「意識がある時を狙うのがいい」という本末転倒な結論にいつも至る。さすがにそんなことをするほどゲスではないので、シャワーのとき脇が甘いという落としどころになる。合理的というかなんというか。
駐在所に持ち込まれた謎の紙の束は、とりあえず保管しておいて差出人の意図がわかってから処理しようということになった。もしかしたら、必要かもしれないし……差出人不明の書類にそんなことを思うのだから、俺は時間流の中で思っているよりおかしくなっていたのだろう。必要なものであれば、身元を隠す必要などないというのに。
しばらくして、打電があった。本部からとは珍しい、なにか厄介ごとに違いないともう偏見の塊になっているのだが、こちらに何か変わったことはなかったかと神妙な面持ち。特に思い当たらないのでその通りに答えたらまたつながらなくなった。あっちからはつながるのだから都合のいい故障だ。レイコはその辺の梁に捕まって雲梯をして暇つぶししていると思っていたら、知らん間にネットサーフィンをしていた。就業時間中だぞ、と普通なら言われるがこういうことをしていないといざというとき廃人化しているので職務の内だと割り切っていつもサボっている。未来方面の駐在所で、何かあったらしい。
駐在所は時間流の分岐の要所にぽつりぽつりと浮かんでいて、あらぬ方向に向かいそうになったら阻止する、という名目らしいがここは駐在所という名前の監獄なのでその業務はない。他の駐在所はそうでもないのでたまにトラブルが起きる。なんでも、情報の不行き届きがあってそこそこでかめの駐在所が半壊したらしい。何があったらそうなるんだ。半壊する駐在所というのはここのサイズが限界、大型特番じゃあるまいし他の駐在所がそんな派手に壊れない。俺たちは一度閃光弾の処理を間違って建屋の中で爆発させ、二人でアフロになったことがあるからないとは言わないが。
情報……?と考えて未処理の書類棚をあさる。この書類は、本来別のところに送るものがここに紛れたのではないか。未来で何かの大損害が発生したのなら、その意味を突き止めれば未来は変えられる。半壊したという未来方面の駐在所には美人がたくさんいるともっぱらの噂なので必死になった。助けなければ!美人かどうかで言えばレイコも美人ではあるが、そういう問題ではない問題を抱えているのでもっと安心安全な美人とお近づきになりたい。そんな建前や下心が行きかい、何か読み方があるのではないかという仮説を出した。
なに?お宝の在処とか?と急にその手の話にしたがるレイコは放っておいて、真剣に考える。アナグラム、逆再生、ナバホコードまで持ち出して解読にかかる。それくらい厳重な管理が必要ならぱっと見でわからなくてもおかしくはない。レイコが「あぶるのかも」とか古い手を言い出した時は本気で止めた。それで燃えてなくなってしまうというギャグ漫画のネタは尽きない。以前見た映画で、レモンの汁で変化が起きると聞いた主人公が直に汁を絞ろうとしたときくらいビックリしてふんだくり、一つの推論を出す。これは、紙が足りないのだ。
足りないのだからここから意図を読み取ろうとすれば徒労に終わり、何のことだかわからない。だがこれが何かの意図を持っているのならば、距離を開ければ自然とつながる配置がある。どう広げてどう配置するかを突き止めればいい!と息巻いたが「どれくらい離すの?」と聞かれたら半無限に広がる時空間の前に途方に暮れた。広げていけばどこまでも広がるに決まっている。諦めるわけには、いかないのに!ぐうううう!と唸っていたら、来訪者。あれは!
「未来交番のキリイ!!」
半壊したという未来交番にいる美人の一人だ。ああ、無事だったんだね!と全身で喜びを表現して飛びついたらひらりとかわされて終末世界にダイビングするところだった。キリイが言うには、未来交番で事故があったという情報があって、近くの駐在所が慌てていると聞いたから伝えに来たらしい。大騒ぎがあったのは事実だけど周りの方が慌てていて全体の機能が落ちている。その方が困るから一応伝えに来たらしい。でも、ここに重要機密が!と主張したのだが、キリイは書類を見て一言。
「順番がバラバラですよ?」
え?この紙を一番最初に手に取ったのは、レイコ―!!!その後は駐在所で大騒ぎ、ちゃんちゃちゃんちゃらちゃんちゃちゃんちゃらんちゃんちゃん……こんなアホのサブミッションを受けている間にキリイが帰ってしまった。それじゃあね、アミノさん?って名前で呼ばれたのはいつぶりだろう、っていうか初めてな気がする。俺はレイコに、そういう見た目だけの技じゃなくてもっと接地面積の広いのを覚えろ!と八つ当たりしていた。今度から不要書類はちゃっちゃと処分しようと心に誓うのだった。




