59話 複製
59話
――アルファ内部。
雷鳴のような振動が要塞全体を貫いていた。
リアムを封じた〈シールボックス〉は、いまにも爆ぜそうに脈動している。
斎藤は岡本に撤収命令を出す。
――岡本、タイガ、マリナ、ロア――
「みんな!あと5分、がんばって!」
岡本は笑顔を作りながら叫ぶが、その頬は汗で濡れていた。
「あ、あれ… サッカイくん?」
岡本は周りを見渡した。
「やっと……帰れる」
マリナは崩れそうな足で、震えながらも息を吐いた。
「すげぇ数だな……てか、アイツどこ行った?」
タイガの目は緑色に光り続け、血走っている。
「う、苦しい… でもっタイトお兄ちゃんも頑張ってるし、私も……!」
ロアは杖を両手で握り、必死に魔力を流し続けていた。
全身汗まみれで立っておくのも精一杯。
――堺。
堺はアルファ内の要塞に入っていた。
部屋を一つ一つ見渡し、前田を探す。
「はぁ……はぁ……流石に 千体のゴブリンは、きついなっ」
膝をつき、床に崩れ落ちる。
体力も魔力も底を尽き、視界は暗転していった。
――斎藤、リアム。
〈シールボックス〉が大きく震える。
ゴト…ゴトゴト……ゴトゴトゴトゴト……!
「規格外だね」
斎藤の頬に汗が滴る。
岡本達に連絡を入れ終わり、その場から去ろうとした時。
バチ!バチバチ!!
シールボックスが雷に覆われていく。
斎藤は魔道具からS級アイテム〈オルタークリスタル〉を取り出した。
暗闇でも輝くような虹色の宝石。
斎藤は魔力を込めた。
虹を目の前で見ているかのような美しい光に包まれ、自分が複製される。
「僕が複製体というわけだね」
複製された斎藤の目は虹の輝きを放つ。
「よろしく頼むよ」
斎藤は疾走し、岡本達の元へと向かった。
チュィィィン… ドォォォォン!!!
瞬間、シールボックスが弾ける。
衝撃で要塞の上部は吹き、アルファ内の電気がチカチカと停電してしまう。
――岡本、タイガ、マリナ、ロア。
「うわ!なんだ!地震!?」
岡本が展開している魔法陣が解除されそうになる。
「やばいっ!」
すぐさま魔力を込め直し、体制を立て直す。
タイガやロアは塔に寄りかかる。
ロアは杖を頭の上に置き身を守っていた。
「みんな、すぐに撤収するよ」
斎藤が現れた。息を切らして目線が揺らついている。
「でも、サッカイくんが…」
岡本が周りをキョロキョロと見渡す。
「この場から動いた彼の責任だよ。さぁ、早く展開してくれるかな?」
斎藤が岡本の顔をグッと睨む。
刹那、アルファ内に轟音が響く。
雷が暴れているような爆音と共に、建物が崩壊し、ガタガタとアルファが揺れる。まるで大陸自体が震えているようだ。
「時間がない、、このままだとマリナもタイガも死ぬよ。岡本はそれを望むのかい?たった一人の為に、全員が死ぬことになるんだよ」
斎藤が声を強める。
岡本は唇を噛み、頭を下げる。
巻物に置いた手から広がる魔法陣をガチャ!っと歯車のように動かした。
「みんな!集まって!!」
岡本がそういうと、マリナたちも魔法陣の中に入る。
(サッカイくん、頼む!戻ってきてくれ!)
堺以外のメンバーが魔法陣の中に入る。
その時、眩い閃光がアルファ内に広がった。
スン……
雷鳴が止み、静寂が訪れた。
「僕が… やられた……」
斎藤の口元が震える。
バチバチバチバチ!!
アルファ内に散らばるゴブリンが、一斉に弾け飛んだ。
「ずいぶん舐めた真似してくれたな」
リアムは鬼神のような顔つきで睨みを利かした。
――リアムともう一人の斎藤。
「僕が複製体なのか」
複製された斎藤は、息を吐きながら肩を落とす。
「てめぇがやったのか?」
リアムの稲妻模様の目が際立つ。
「そうだよ」
斎藤はニヤリと笑う。
リアムは思いの外、襲いかからない。
斉藤を分析していた。
(奴の特質、手で触れたものを即死させる能力か…)
リアムは肩を鳴らし、蒸気のように息を吐く。
「くる」
斎藤が構えた。
同時、周りを取り囲む稲妻の槍。
360度、死角なし。
何層にも広がり、逃げ場どこにもない。
「死ね」
リアムは斉藤を見下ろす。
パチン!
斎藤が手を合わせた。
体に闇のオーラが纏う。
全方位から飛んでくる雷の槍が、斎藤の体に触れた瞬間に弾け消えた。
「手を合わせると魔力を無効するバリアを貼れるわけか」
その言葉が聞こえた時、僕は宙を舞っていた。
見える見えないの問題ではない。
痛みすら感じない速さ。
勝てない、わかってる。どれだけ足掻こうとも所詮時間稼ぎにしかならない。
気づけばどこかの瓦礫に埋もれていた。
全身が骨折している。
体が動かない。
「もう、終わりか?その程度で俺をやれると思ったのか?」
恐怖。死なんて覚悟してたのに、それなのに、怖くて仕方ない。
なんでこんなことになったんだろう。
「あぁ、死にたくないな」
不意に言葉が溢れた。
斎藤は走馬灯のように転生前の記憶を思い出した。
斎藤は難病を持って生まれた。
物心つく前から五感がほとんど機能してなかった。
動くこともままならない生活。
微かに見える世界、微かに聞こえる世界。微かに感じる味。
外を見ると、周りのみんなが楽しそうにしているんだと感じた。
自分も普通ならどれだけ良かったことか、だから毎日星に願った。
どんな代償を払ってもいい、だから普通をください。
今日も涙を流して、ゆっくりと眠りにつく。
目を開けると、僕は魔法陣の上にいた。
初めて見る景色、鼻を通る空気、肌で感じる風。
人の形が初めてわかった。
こんなに幸せな夢を見れて幸せだと思っていた。
しかし、これが現実なんだと知る。
嬉しくて嬉しくてどうしようもなかった。
それから僕は国に全てを捧げた。
元の世界が怖くて怖くて、感情なんて殺してなんでもやり遂げた。
(僕は死んで当然のことをしてきた、でも… もし、もう一度やり直せれるなら……)
(冒険が… してみたいな)
斎藤は静かに目を閉じる。
次の瞬間、眩い雷光が彼を呑み込んだ。




