第9話 システム覚醒と新たな使命
北の遺跡から帰還して一時間後、頭の奥底に声が落ちてきた。
『システム更新を検出しました』
機械的なのに、どこか柔らかい。創造主の重厚さとは違う、事務的で澄んだ響きだ。
『適合者タナカ タロウの覚醒範囲拡大を確認。新たな権限を付与します』
「え……?」
遺跡の自室。灯の落ちた部屋で、俺はベッドに腰を下ろしたまま周囲を見回す。誰もいない。
『権限更新完了。以下の機能が利用可能になりました』
『・覚醒範囲:従来2kmから4kmに拡張』
『・遠隔システムアクセス:全遺跡へのレベル2までの情報閲覧権限付与』
『・防御システム制御:緊急時の遠隔防御起動が可能』
『・古代叡智との調和:疑問への自動応答機能追加』
「ちょっと待って——」
こめかみが疼く。情報が、説明書のページをめくるように脳内へ流れ込んでくる。
(なんで俺の能力が勝手にレベルアップしてるんだ?)
『ご質問を感知しました』
先ほどの声が、即座に応じた。
『適合者が一定数以上の役割持ちを覚醒させた場合、創造主の力の一部が段階的に解放されます。今回の北の遺跡での覚醒により、第二段階の権限が開放されました』
「第二段階って……まだ続きがあるのか?」
『はい。全七段階のうち、現在は第二段階です。最終段階では創造主との完全な意思疎通が可能になります』
視界がふらつく。たかが高校生に背負える話じゃない。
『ご不安をお察しします』
今度の声は、少しだけ温度を帯びていた。
『しかし、この力は適合者様だけのものではありません。目覚めた役割持ちたちの想いと、創造主の意志が合わさって初めて発動します』
「つまり……」
『適合者様は力の媒介者。真の力は、救われた人々の感謝と希望から生まれています』
胸の重さが、わずかにほどける。
その瞬間、扉が勢いよく開いた。
「タロウ様!」
息を切らしたリーナが駆け込んできた。
「大変です! 世界中の遺跡で、一斉に防御システムが起動しています!」
「え?」
ベッドから跳ね起きる。
「それって——」
『適合者様の権限により、全遺跡の防御システムが自動起動されました』
頭の内側で、落ち着いた解説が続く。
『世界管理機構の同時攻撃を検知し、予防的措置として実行されました』
(俺が何かしたのか?)
『いえ、システムが自動判断いたしました。適合者様の意識的な操作は不要です』
リーナが不安げに俺を見上げる。
「タロウ様、何か知っていますか?」
「えっと……」
言葉が追いつかない。
「とりあえず、みんなを集めてください。重要な話があります」
30分後、遺跡の大会議室。石造りの室内に、主要メンバーが揃った。セレスティア、フィンチ、カイザー。そして北の遺跡から救い出した仲間を代表して、銀髪の吟遊詩人——メロディアも席に着く。
「皆さん、まず報告があります」
深呼吸ひとつ。俺は口を開いた。
「北の遺跡での救出作戦の後、俺の能力に変化がありました」
セレスティアが身を乗り出す。
「どのような変化ですか?」
「覚醒させる範囲が広がりました。それから——」
新たに得た権限を説明する。全遺跡への情報アクセス、緊急時の遠隔防御制御、そして頭の中の“案内役”の存在。
カイザーが目を見開く。
「それはつまり、タロウ殿が全世界の遺跡を統括できるということですか?」
「いえ、そこまでじゃありません」
慌てて首を振る。
「見られる情報と、緊急時の防御起動に限られます。しかもシステムが主体で、俺が常に操作するわけじゃない」
フィンチが腕を組み、顎に手を当てた。
「興味深い。タロウ君は古代システムと、以前より深く同調したということだ」
メロディアが澄んだ声で続ける。
「タロウ様が私たちを救ってくださったことで、古代の叡智がタロウ様を認めたのですね」
『その通りです』
案内役の声が頭内に落ちる。ただ、聞こえるのは俺だけだ。
『覚醒した役割持ちが増えるほど、適合者の権限は段階的に拡張されます』
(みんなにも聞こえるようにできないのか?)
『現在の段階では適合者のみとの通信に限定されています』
セレスティアの表情が引き締まる。
「ただ、力の拡張は世界管理機構にも察知される可能性があります」
「それについても」
拳を握る。躊躇は短く。
「全世界の遺跡で防御システムが起動しました。世界管理機構の同時攻撃を予測した、システムの自動判断だそうです」
一瞬で空気が張り詰めた。
カイザーが立ち上がる。
「つまり、我々が北の遺跡にいる間に、他地域でも攻撃が始まっていた——」
『確認します』
案内役の声と同時に、視界の裏側に地図のような情報が広がる。
「……七地域で攻撃。ですが、防御起動により被害は最小限」
安堵の吐息がいくつも零れた。
メロディアが手を胸に当てる。
「タロウ様のおかげで、多くの仲間が救われたのですね」
「俺じゃありません」
首を振る。
「システムが——」
『適合者様の存在があってこそです』
柔らかな訂正が入る。
『適合者様が救い続けることで、創造主の力は段階的に解放されています』
フィンチが目を細め、核心を射抜くように問う。
「タロウ君、君の能力はどこまで拡張される予定だ?」
(教えてもらえるのか?)
『第七段階まで存在します。最終段階では創造主の完全復活と、世界再構築権限の付与が行われます』
血の気が引いた。
「世界再構築って……」
『文字通り、世界のシステムを根本から作り変える権限です。ただし、全役割持ちの覚醒と創造主の同意が必要な最終手段です』
「そんな重要なこと、俺に任せられても——」
血の気が引いたまま、それでも告げるべき言葉を一語たりとも違えずに並べた。
セレスティアがそっと俺の手に触れた。指先は温かい。
「太郎、一人で背負わなくていい。私たちがいます」
カイザーが力強く頷く。
「その通り。タロウ殿の判断を、我々全員で支えます」
メロディアが立ち上がる。銀の髪が灯に揺れた。
「北の遺跡で救われた皆も、タロウ様のお力になりたいと申しております」
深く息を吸う。
「分かりました……みんなありがとう。重要な決定は、今までどおり相談して進めましょう」
温かな視線が、会議卓の上で交差した。
フィンチが指を三本立てる。
「では、現状整理から。——一つ、全遺跡の防御は確保された。二つ、タロウ君の権限拡張。三つ、世界管理機構の本隊十万が動き出している」
セレスティアが翼をわずかに震わせる。
「私は、創造主の封印調査を最優先にすべきだと思います。太郎の権限なら、封印の詳細解析が可能になったはず」
カイザーが即座に反論。
「いや、その前に諜報です。上層部の正体と作戦意図を炙り出さねば」
メロディアが静かに付け加える。
「北の遺跡の皆は、各国に散って情報収集する準備ができています」
(封印は、今の権限でどこまで触れる?)
『第二段階では部分的な調査が可能。構造解析と強化メカニズムの診断はできますが、解除には第四段階以上が必要です』
(諜報の支援は?)
『遺跡システム経由で各国の役割持ち探知が可能。潜入工作員の発見にも寄与します』
顔を上げた。
「3チームで、同時並行はどうでしょう」
セレスティアの視線が問う。
「3チームで?」
「創造主の封印調査チーム、各国諜報チーム、そして——」
握った拳に力を込める。
「世界管理機構の動向監視チーム」
フィンチが頷く。
「理に適っている。分散と共有の両立だ」
「俺は封印調査に入ります」
声に、決意が乗った。
「この権限を与えられた以上、創造主と直接話す責任があると思う」
カイザーが敬礼する。
「承知しました。諜報は私が率います」
メロディアが微笑む。
「北の遺跡の仲間も、各チームに配属を」
「もちろん」
セレスティアが翼を広げ、光の粒が舞う。
「世界管理機構の監視は、私が担当します」
会議卓に熱が戻る。だが、胸の奥には冷たい針のような不安が一本、まっすぐ刺さったままだ。
(本当に、俺で大丈夫か)
『適合者様なら必ずできます』
案内役の声が、静かに背を押す。
『ただし、無理は禁物。仲間と歩調を合わせ、一歩ずつ』
小さく頷いた。世界規模の戦いが、いよいよ本格的に回り始める。けれど、もう独りではない。数百人の新しい仲間、信頼できる友がいる。道は、きっと開ける。
「タロウ様」
メロディアが一歩前へ出た。瞳が澄んでいる。
「北の遺跡で救われた皆から、お礼の詩を——」
彼女の歌声が、石壁に柔らかく反響する。
『暗闇に光をもたらす者よ
迷える魂に希望を与える者よ
我らが自由の歌声とともに
新たな世界への扉を開かん』
音が胸腔に広がり、熱になって滲む。視界が水っぽく揺れた。
(俺なんかのために、こんな歌を——)
『彼らの感謝は偽りではありません』
案内役が、淡く囁く。
『マスターが与えた自由は、何物にも代えがたい宝です』
歌が終わると、会議室に拍手が満ちた。立ち上がり、深く頭を下げる。
「ありがとうございます。皆さんの想いに応えられるよう、全力を尽くします」
その時——
『緊急事態発生』
案内役の声色が硬くなる。
『世界管理機構本隊の一部が、中央大陸に向けて移動を開始しました』
血の温度が一段下がった。
「中央大陸って……ここから最も近い人口密集地域——」
『はい。推定五万の軍勢が3日後に到達予定です』
再び、室内の空気が張る。
カイザーが立ち上がり、地図へ歩む。
「3日……準備には短すぎる」
セレスティアが翼を震わせる。
「彼らの狙いは?」
『分析中……』
短い沈黙の後、結論が落ちた。
『グランベル王国の王都が目標と推定。国王と要人の拘束、および大規模な役割持ち狩りの可能性が高いです』
拳に、爪が食い込む。
創造主の調査も、諜報の網も重要だ。だが、目の前で泣く人々を見捨てる選択肢はない。
(どうする、田中太郎——)
王都を守るか。創造主の封印解除を急ぐか。あるいは、全遺跡の総合防御をさらに固めるか。
世界の針路を左右する、新たな選択のときが来た。
——続く。




