第6話 封印に隠された真実
遺跡の奥から響く神々しい声を聞きながら、俺は人生最大の決断を迫られていた。
真の創造主と対話するか?
危険を避けて逃げ出すか?
それとも――
「まずはフィンチ先生と封印を調査しましょう」
胸のざわめきを押さえ、俺は結論を口にした。いきなり創造主と対話するのは無謀だ。まず相手を知る――そこからだ。
「賢明な判断だ」
フィンチが深く頷く。
「封印の理を知らぬまま動くのは、自殺行為に等しい」
セレスティアの肩からわずかに力が抜ける。
「ありがとうございます。私も、まずは状況を正確に把握したいと思っていました」
『同意します』
ドラゴンが静かに尾を打つ。
『我も長らく遺跡を守ってきましたが、封印の中身までは知らされておりませんでした』
覚醒したばかりの役割持ちたちが、不安と期待の入り混じった眼差しでこちらを見つめている。数百の命が、いま俺たちの選択に乗っている。
「では、調査チームを編成しよう」
フィンチが手短に指示を飛ばす。
「私とタロウ君、セレスティア様の三名で封印の中枢へ。その他の皆さんはここで待機し、異常があれば伝令を」
「俺も行く」
ガルドが一歩踏み出す。
「危険は想定しておくべきだ。戦士として、護衛を任せてくれ」
「私も」
エルフィンの声が続く。
「魔法理論の知識が役に立つはずです」
リーナは唇を結んだまま、心配を隠さない。
「リーナは皆と一緒にいてくれ」
俺が言うと、彼女は躊躇いながらも頷いた。
「わかりました……でも、必ず戻ってきてください」
俺たちは最深部へ向かう。廊下は青い燐光に満ち、奥へ進むほど輝度が上がっていく。壁面の文様が微かに脈打ち、魔力の潮位が上がっているのが肌でわかる。
「この光は何ですか?」
足を止めずに問うと、フィンチが即答した。
「封印を維持する古代魔法だ。だが――」
彼の眉間に深い皺が刻まれる。
「明らかに不安定化している。大量覚醒で循環の均衡が崩れた」
やがて視界に巨大な石扉が立ちふさがる。表面には細密な魔法陣が幾重にも刻まれ、中央の台座には拳ほどもある宝石がはめ込まれていた。
「ここが中枢の入り口……」
セレスティアが息を呑む。
フィンチが扉へ歩み寄り、指先で術式の継ぎ目を辿る。目の奥で計算が走っているのが見て取れた。
「これは……」
彼の表情が強張る。
「予想以上に複雑だ。単なる封印、ではない」
「どういうことです?」
「この術式は三重構造だ。封印、保護、そして――」
フィンチは声を落とす。
「監視だ」
空気がざわめき、皆が顔を見合わせた。
「監視って、誰を?」
エルフィンが問う。
「おそらく――我々全員を、だ」
フィンチがこちらを振り向く。
「このシステムは真の創造主を封じるだけでなく、世界全域を監視・管理するための機構として組まれている」
セレスティアの頬から色が消える。
「まさか……世界管理機構が使っていた中枢は……」
「おそらくこの古代システムの転用だ」
フィンチの口調は苦い。
「つまり、私たちが封印されたのも、同じ仕掛けの応用ということになる」
背筋に冷たいものが走る。遺跡そのものが、巨大な監視装置――。
「だとすれば……」
ガルドが低く唸る。
「俺たちの覚醒も、すべて筒抜けってことか?」
その瞬間、中央の宝石が赤く閃いた。
『警告。未承認侵入を検知。排除プログラムを起動します』
金属音のように冷たい機械声。さっきの荘厳な声とは明らかに異質だ。
「まずい!」
フィンチが振り返って叫ぶ。
「自動防衛が作動した!」
石壁の継ぎ目が開き、石像の兵がぞろぞろとせり出してくる。古代の衛兵、起動。
「くそっ」
ガルドが剣を抜く。
「やるしか――」
『待て』
ドラゴンの体躯が膨張し、守護の巨影が一歩で前線を塞ぐ。
『一手、試す』
巨体が石兵の前に立ちはだかる。
『我はこの遺跡の守護者。識別せよ、システム』
石兵たちの眼窩に埋め込まれた光が一瞬瞬き、動きが止まる。
『……守護者認証、確認。待機モードへ移行』
石兵たちは壁の闇へと引き戻され、継ぎ目が音もなく閉じた。
「助かった……!」
ガルドが安堵の息を吐く。
だが、フィンチの眼差しは重い。
「問題はむしろこれからだ」
彼は扉の術式全体を見渡す。
「このシステムが世界管理機構と連動しているなら、我々の行動はすでに共有されている」
セレスティアが小さく震える声で呟く。
「世界管理機構……もう私の制御は及ばない。もし彼らがこの仕組みを悪用しているなら――」
追い打ちをかけるように、宝石から新たな報が落ちた。
『警告。現在、当該地点に武装勢力が接近中。推定到達時刻、三〇分後』
言葉が喉で途切れた。
「30分……」
エルフィンの顔がさっと青ざめる。
「世界管理機構の戦力は?」
俺が問うと、セレスティアの瞳が絶望に揺れた。
「各国政府、冒険者ギルドに深く浸透した工作網がある。本気になれば、王国軍規模を動かせる」
数百の覚醒者では、到底受け止めきれない。
「なぜそこまでして我々を?」
エルフィンの声が震える。
フィンチは重く答えた。
「大量覚醒を『統治システムへの反逆』と断じたのだろう。支配の根幹を脅かす、と」
『それだけではない』
神殿の石を震わす、別の声――真の創造主。
『封印への干渉で、彼らが塗り隠してきた真実が露わになる。彼らはそれを恐れている』
「真実……?」
思わず問い返す。
『この世界は、彼らによって作り変えられている。本来の自由な世界ではなく、管理と統制のための牢獄に――』
ブツ、と音が切れたように声が途絶える。
「創造主の出力が絞られている」
フィンチが慌ただしく術式へ手を走らせる。
「システム側が発言を制限している」
思考が渦を巻く。
この世界の真実は何か?
世界管理機構の本当の目的は?
そして、迫る三十分で何を成す?
フィンチの知と、セレスティアの権限、ドラゴンの力、そして数百の覚醒者。手札はある――だが薄い。
そのとき、フィンチが息を呑んだ。
「タロウ君……いま、とんでもないことに気づいた」
「何です?」
「この封印システム――君の能力と同じ原理で動いている」
彼の声が震える。
「同じ……?」
「つまり、君なら、このシステムを制御できる可能性がある」
続く言葉は一拍遅れて落ちた。
「だが、代償がある。システムに接続すれば、君の意識が取り込まれる危険が高い。最悪――」
「最悪?」
「君自身が、このシステムの一部になる」
静寂が、遺跡の呼吸さえ奪った。
選択の時はもう、手の甲に触れている。
危険を飲み込んでシステムへ接続し、遺跡の防衛機構を起動するか?
封印を破り、創造主の力を借りるか?
それとも全員で撤退し、世界管理機構との全面戦争を覚悟するか?
どうする、田中太郎――
世界の針路が、俺の一言に懸かっている。
続く……




