第4話 第4の選択
「ちょっと待てよ」
俺は手を上げ、セレスティアの言葉を遮った。
「なんで俺が選ばなきゃいけないんだ?」
「なにか?」
セレスティアが美しい眉をわずかにひそめる。
「君は何を言っている? 状況を理解していないのか?」
「理解してるよ」
俺は一歩前に出た。
「でもさ、あんたの提示した選択肢は全部『俺が決めて、みんなが従う』前提だろ」
「それは当然だろう?」
セレスティアの声は静かで、揺らぎがない。
「君がこの現象の発生源なのだから」
「そこが気に入らない」
俺は振り向き、リーナたちを見る。
「みんな 本当に『俺の影響で』覚醒したのか?」
「タロウ様?」
リーナが戸惑いに瞬きを重ねる。
「よく考えてみてくれ」
俺はゆっくりと言葉を置く。
「確かに俺の近くにいた時に覚醒したかもしれない。でも『自分で考える力』を掴んだのは、あんたたち自身の意志じゃないのか?」
エルフィンがはっと息を呑む。
「そうです……私が初めて自分の名前を意識した瞬間は、確かに私自身の意志でした」
「だろ?」
俺はセレスティアを見上げる。
「あんたは俺を『バグ』だと言ったけど、違うんじゃないか」
「何を根拠に?」
「俺はただのきっかけに過ぎない」
俺は胸に手を当てた。
「役割持ちはずっと前から『自分で考えたい』と願っていた。ただ、きっかけがなかっただけだ」
セレスティアの表情がわずかに動く。
沈んだ湖面に小石が落ちたみたいに、微かな波紋が広がった。
「つまり、君は――」
「俺が提案する第4の選択肢は『みんなで決める』ことだ」
俺は両手を広げる。
「隠れ里に行くか、街に戻るか、世界改革に踏み出すか。それを俺一人で背負わず、覚醒した役割持ち全員で話し合って決めよう」
「無茶だ」
セレスティアが首を振る。
「時間がない。ギルドの討伐隊が――」
「だったらここで決めればいい」
俺はドラゴンの背を軽く叩いた。
「この子にも意見がある。リーナも、エルフィンも、ガルドも。それぞれの考えがあるはずだ」
そのとき、ドラゴンが身を起こし、金色の瞳が燐と光る。
『そうです』
澄んだ念話が、全員の頭に同時に響いた。
『タロウ様の言う通りです。我にも意見があります』
『我は――』
ドラゴンは俺を真っ直ぐに見下ろした。
『古代遺跡を守る役目から解かれて初めて、外の世界を見ました。そして思ったのです。なぜ我は一人で遺跡を守らねばならなかったのか、と』
「一人で?」
俺は首を傾げる。
『古代遺跡には、我と同じように眠り続けている存在が多くいます。皆、定められた役割のまま、長い時間を閉ざされているのです』
セレスティアの顔色がかすかに変わった。
「まさか……君は『封印』を知っているのか?」
『封印?』
ドラゴンの瞳がさらに明るさを増す。
『そう、それです。遺跡の最奥に巨大な封印の間があります。そこには――』
「やめろ!」
セレスティアが咄嗟に手を上げる。
「それ以上は言うな!」
だが、ドラゴンは止まらなかった。
『そこには、この世界の『真の創造主』が封印されています』
空気が凍りつく。
風の音さえ遠のいた気がした。
「真の創造主……」
俺は喉の奥で言葉を転がす。
「じゃあ、あんたは――」
「私は世界管理者に過ぎない」
セレスティアは苦い影を口元に宿す。
「真の創造主を封じた者たちの、後継の一人だ」
頭の中で線と線がつながり、同時に霧が濃くなる。
「どういうことです?」
リーナが真剣な眼差しで問う。
「この世界は――」
セレスティアはゆっくりと、重みを噛みしめるように語り出す。
「元は真の創造主が紡いだ、完全に自由な世界だった。役割持ちも人間も、皆が自分の意志で生きていた」
『ならなぜ封じた』
ドラゴンの念が低く唸る。
「創造主が狂ったからだ」
セレスティアの声がわずかに震えた。
「自由はやがて混沌に堕ち、終わらない戦火が世界を焼いた。そこで一部の存在が創造主を封印し、『秩序』を与えた。それが『役割』の始まりだ」
俺は息を吸うのも忘れていた。
この世界の現在は、意図して設計されたものだったのか。
「でも、それは間違いだったのでは?」
エルフィンが静かに言う。
「私たちは覚醒して、初めて『幸せ』という実感を得ました」
「幸せ……」
セレスティアの瞳に複雑な色が過ぎる。
「確かに、君たちは輝いている。ただ、その代償として世界に混乱が――」
「混乱なんて一時的だ」
俺は言葉を切り込ませる。
「人は変化に慣れる。大事なのは、各自が自分で考えて、自分で選べることだ」
『同意します』
ドラゴンが力強く頷く。
『我は決めました。古代遺跡に戻り、眠る仲間を起こす。そして真の創造主の封印を調べる』
「危険すぎる」
セレスティアが即座に首を振る。
「封印が緩めば、世界は再び混沌へ――」
「なら、俺たちも一緒に行く」
俺は胸を張った。
「真相を見たうえで、どうすべきかを皆で決める」
「タロウ様……」
リーナが唇を結ぶ。
「でも、古代遺跡は危険な場所だと――」
「危険でも進む」
俺は仲間を見渡した。
「逃げ続けても、何も始まらない。俺は行く。みんなは?」
ガルドが一歩踏み出す。
「俺も行く。真実を知りたい」
エルフィンが静かに頷く。
「私もです。この世界の真の姿を確かめたい」
リーナは一瞬だけ迷い、しっかりと前を見る。
「私も……タロウ様と共に」
『では、我が案内します』
ドラゴンがうれしげに喉を鳴らす。
『ただ、その前に――』
金の瞳がセレスティアに向く。
『あなたはどうする?
我らを止めるのか?』
セレスティアは黙し、長い沈黙ののちに深く息を吐いた。
「……分かった。私も行こう」
「え?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
「君たちが真実を知れば、封印を解こうとするだろう」
セレスティアの口元に、諦観と責任が入り混じる。
「それを一人で止めることはできない。ならば同行し、最悪を避ける道を探る」
その時だった。
森の向こうで、いくつもの松明が瞬く。
「来たな」
セレスティアが小さく呟く。
「ギルドの討伐隊だ」
『心配無用』
ドラゴンが立ち上がり、翼をわずかに広げる。
『我が皆を背に乗せて飛ぶ。古代遺跡までなら、すぐです』
「でも、討伐隊は――」
リーナが不安を洩らす。
「私が対処する」
セレスティアは指先で空に紋を描く。
「記憶を調整しよう。『ドラゴンは森の奥へ逃げ去った』と。追跡困難と判断して、彼らは街へ戻る」
ドラゴンの輪郭が光に満ち、急速に膨らむ。
五メートルの巨体が、瞬く間に十五メートルの飛翔体へ。
「大きく……なった」
リーナが息を呑む。
『皆を背に載せるには、このくらいがちょうど良い』
俺たちは鱗の段丘をよじ登り、背にまたがった。
意外なほど温かく、しっかりとした座り心地だ。
『出発します』
翼が夜を切り、森が足元で小さく崩れていく。
冷たい風が頬を撫で、星々が手の届く高さに降りてくる。
古代遺跡へ向かう弧を描きながら、俺は知らなかった。
遠く離れた街の屋根の上で、一人の影が夜空を見上げていることを。
その人物は、俺たちの行き先を正確に掴んでいた。
そして不敵な笑みを浮かべ、低く呟く。
「ふふ……ついに動きましたか。面白くなってきましたね」
月光に照らされた横顔には、濃い野心の影。
彼もまた、この世界の秘密を知る者の一人。
しかも――俺たちの知らない、重大な目的を抱えている。
果たして、古代遺跡で待つのは新たな仲間か。
それとも想像を超える危険か。
そして、あの謎の人物の企みは、俺たちの航路をどう歪めるのか。
星の海を滑りながら、俺は思考を巡らせる。
ドラゴンの飛行は速いが、遺跡まではまだ幾許かの距離がある。
やがて、セレスティアが俺の横顔を見て問いかけた。
「ところで、太郎。遺跡に着いたら、最初に何をするのだ?」
確かに決めておくべきだ。
ドラゴンの話では、遺跡には多数の役割持ちが眠っている。
そして最奥には、真の創造主の封印。
俺たちがまず取るべき行動は――
眠る役割持ちを覚醒させ、仲間を増やすか。
あるいは遺跡の構造と封印の理を先に精査するか。
どうする、田中太郎――
続く……




