第18話 洗脳の檻と新たな決意
技術者たちが退出し、残るはカーマインただ一人。
静寂——機械の稼働音だけが低く響く。
壁面の巨大な地図へ歩み寄る。各地の古代遺跡に印が灯る。
――20年前。俺が18だった頃。
脳裏に、刹那の閃光が走る。
森で目を覚ます若きカーマイン。
高校を卒業したばかりの少年は、見知らぬ世界に投げ出されていた。
周囲を見回し、喉の奥で掠れた声を絞る。
「ここは……どこだ」
「帰らなきゃ……家に……」
辛うじて辿り着いた街。
助けを請うが、誰からも相手にされない。嘲りと警戒に跳ね返され、追い払われる。
世界は冷たかった。
「俺は……元の世界に戻れないのか」
諦念が喉元まで満ちた頃、彼はそれを見た。
広場で振るわれる杖。炎が宙に咲き、水が形を持つ。
「……科学では説明できない」
若きカーマインの目に、好奇と執念の火が灯る。
「いや、必ず法則がある」
古い図書館。積み上がる文献。
孤独な実験。5年、10年、15年——時間だけが静かに堆積していく。
人と深く交わらず、ただ研究という坑道を掘り進めた。
そして、いつしか——
彼の手は「人間の意志を制御する」研究へと伸びていた。
研究室。被験者の目から光が抜け落ちる。
感情は削がれ、命令だけを待つ人形へ。
「……誰も、俺を理解しない」
カーマインは呟いた。
「ならば、俺が世界を統制する」
「この技術で——すべてを支配する」
フラッシュバックは断ち切られる。
地図から目を離し、唇だけが微かに動く。
「……20年だ」
38になった今も、あの孤独は骨に刺さったまま抜けない。
「20年、一人で耐えてきた。いま、その積み木が崩れかけている」
拳に力がこもる。
「許さない。絶対に」
◆
――世界管理機構 中央司令室。
戻ると、司令官たちはすでに整列していた。
「現状を整理する」
円卓上に立体地図が立ち上がる。
赤は管理機構の拠点、青は覚醒者の蜂起地点。
「残存戦力、およそ95,000」
カーマインの声は冷たい。
「同時に、各地で蜂起が発生中だ」
青い点が増えていくアニメーション。
司令官Aが続ける。
「現在、17箇所で確認。鎮圧には兵力が不足しています」
カーマインの瞳が鋭く光る。
「最寄りの反乱拠点に、感情波無効化機と予備の意志制圧装置を投入しろ」
「主力機は王都で奪われたが、試作機が3台残っている。おとなしくなった者は全員ここへ移送だ」
「失った兵力は、こちらで補填する」
「了解しました」
「芽はひとつずつ摘む。こちらの兵力は段階的に増やす」
「その他の作戦は当面凍結だ。いま必要なのは圧倒的な数だ」
「意志制圧装置をひとつ失った原因は、古代システムの上位権限による介入」
「ならば——古代に依存しない新装置を作る」
司令官Aが問う。
「開発にはどれほどの時間が」
「最低3ヶ月、恐らく半年」
「その間にALFが拡大する恐れが」
「承知の上だ。拙速は敗北だ」
方針は簡潔だった。
「各地の反乱は、感情波無効化機と意志制圧装置で鎮圧」
「鎮圧した者は本部へ連行、洗脳装置で兵力化」
「大規模作戦は凍結」
「俺は敵情収集と新技術の開発に集中する」
「了解」
◆
——3日後。管理機構本部から200kmの小村。
自由を取り戻した人々が、ささやかな日常を縫い直していた。
「もう、あの装置には従わない!」
「俺たちは自由だ!」
笑い声、走る子ども、耕される畑。人間の温度が戻っていた。
だが——地平から黒い影。
管理機構の部隊、約500。
先頭には装置を牽引する車列。感情波無効化機。試作型の意志制圧装置。
主力機より小ぶりだが、牙は変わらない。
「敵だ!」
見張りの叫び。
村の戦える男達、およそ100人が武器を構える。
「くそ……また来たか!」
「やるしかない!」
その直後、装置が起動する。
薄青の波動が村を洗う。
「ぐっ……」
「身体が……動かない……」
膝が落ち、武器が土に落ちる。
戦意は削られ、視線が虚ろになる。
続いて感情波無効化機。
感情が切り取られ、顔から温度が消える。
兵士たちが無抵抗の村へ入る。
指揮官が短く命じた。
「全員、拘束しろ」
戦士達は次々と車両へ。
叫びはない。抵抗もない。
人形のように従うだけ。
そして……村はふたたび静寂に包まれた。
◆
――管理機構本部 地下深くの特別施設。
「洗脳施設」。
円形の装置が部屋の中心に鎮座する。
床には複雑な魔法陣。林立する水晶。
天井からは紫を放つ魔導灯。
白衣を翻し、カーマインが入る。
無表情の技術者たちが待機していた。
「連行者は」
「第一収容室に100名、待機中です」
「始めろ」
扉が開き、拘束された10名が連れられて入室。
その目はすでに曇り、抵抗の影はない。
魔法陣の上へ配置。
カーマインは中央コンソールに手を置き、操作を開始する。
感情波の周波数を合わせ、魔力回路の出力を最適化。
対象の脳波パターンを読み取り、個別調整。
数式が浮き、魔力が流れ、パネルに複雑な制御面が展開される。
同時に10以上のパラメータを刻むように追い込む。
「……この操作は俺にしかできない」
「20年かけて組み上げた、完全な支配だ」
指先が舞う。
一手の過誤が、廃人を生む——許されない操作。
「洗脳装置、起動」
紫が灯り、魔法陣が輝き、水晶が共鳴する。
紫の波動が覚醒者を包む。
「うっ……」
「頭が……」
苦悶の表情。だが拘束は強固だ。
紫は濃さを増し、波動は脳へ食い込む。
記憶が霞み、感情が薄れ、自我が削れていく。
やがて——光が落ちた。
目は完全に虚ろ。表情は剥がれ落ち、無機質な立像だけが残る。
「拘束を解け」
縄は外れた。しかし誰も動かない。
「テスト1。前へ3歩」
一斉に3歩。乱れなし。
「テスト2。右手を上げろ」
全員が同時に右手を上げる。同期は完璧。
「テスト3。笑え」
口角が上がる。
だが目は笑わない——作られた笑顔。
「……成功だ」
「次のグループ」
「了解」
扉が開き、洗脳済みの10名が退出。新たな10名が入る。
紫。苦悶。虚ろ。
工程は、時間を喰う機械のように繰り返される。
◆
——数時間後。
100名、全員の洗脳が完了。
訓練場に向かうと、彼らは整列していた。
無表情。虚ろな目。
動かず、語らず、ただ指示を待つ。
「諸君」
カーマインの声は凪いでいる。
「今日から諸君は、世界管理機構の兵士だ」
反応はない。揺らぎもない。
「任務は世界の秩序維持。反乱分子を鎮圧し、平和を取り戻す」
「それが諸君の存在意義だ」
疑問は生まれない。反発もない。
ただ、命令待ちの静止。
「訓練を開始」
指揮官が前へ。
「全員、武器を取れ!」
一斉に武器が手に収まる。ためらいはない。
「前進!」
完璧な同期で動く列。
カーマインは小さく頷いた。
「……これでいい」
「感情は不要だ」
「命令に忠実な兵だけが、理想の戦力だ」
——だが。
瞳の底を、ほんの一瞬、虚無が掠めた。
すぐに消える。
「次のグループを連行しろ」
「残り900名、3日以内に完了させる」
「了解」
――続く。




