第17話 静かなる調査と不穏な影
薄闇に沈む巨大な室内。その中心に円形の作戦テーブル。
壁一面の大型スクリーンには王都戦の映像が途切れなく流れ、窓はない。人工光だけが無機質に脈打っていた。
中央司令室――世界管理機構の心臓部。
集った者は誰一人、表情を動かさない。
黒いタートルの上に白衣。背をスクリーンに向けて立つ男。
黒縁の奥に疲労の影を湛えながらも、瞳は鋭い光を失わない。
右手の指にはインクの染み。研究者の刻印。
整列する司令官らは微動だにせず、呼吸すら均一だ。命令を待つ機械の群れ。
「ドクター」
司令官Aが、感情の欠片もない声で言う。
「王都制圧作戦の最終報告を行います」
カーマインは沈黙のまま。背中だけが答える。
「許可を」
「……続けろ」
低く抑えた一言。
「投入兵力、5,000」
一拍。
「損失――約4,000名が離反」
「投降または自決――指揮官層を含む約1,000名」
「帰還――なし」
重い沈黙が落ちる。
カーマインは動かない。司令官らも石像のように立ち尽くす。
やがてカーマインが呟く。
「……損失率、8割だと?」
「5,000名も投じて、一人も戻らず、か」
「はい」
肩が一瞬だけ震え、すぐに凪ぐ。
「意志制圧装置は」
「敵に奪取されました。現在、敵の管理下にあります」
「……奪取だと!?」
「詳細不明ながら、制御系が書き換えられ『解放兵器』として運用されている模様」
「解放兵器――」
声が底へ沈む。
「俺が20年費やした制圧技術を、転用したというのか」
ゆっくりと振り向くカーマイン。
疲労の目元に宿る、消えぬ知性の光。
無表情の裏に、膨張する怒り。
「全戦闘データを集めろ。映像、音声、魔力測定――全てだ」
静かだが逆らえない重み。
「了解しました」
司令官Aが機械的に応じる。
「生存者の証言は」
「投降兵はALFの管理下。現状、接触不可」
「……そうか」
スクリーンには王都。崩れた街、瓦礫、そして――覚醒者たちの笑顔。
「下がれ。データは至急、研究室へ」
「了解」
規律正しい靴音が遠ざかる。
司令室に残るのは、カーマインただ一人。
拳を握る。
――3度目だ。古代遺跡。北方遺跡。そして王都。
俺の20年が、わずか数ヶ月で剥ぎ取られていく。
拳が、乾いた音を立てた。
◆
地下研究施設。
巨大空間に林立するモニター、流れ続ける数列。
壁を埋める数式と魔法陣の図面。
中央には大型魔導解析装置。
無言の技術者たちが機械のように動く。不気味な静寂。
白衣を翻し、カーマインが入室する。
作業が止まり、無表情の視線が集まる。
「データは」
「全件、準備済みです」
コンソールに腰を下ろし、指が走る。
複数画面に戦闘記録が展開される。
まず――古代遺跡の敗北。
3万の大軍が遺跡を包囲。
突如、古代防御システムが起動し、光が奔る。兵が次々と崩れ落ち、
やがて敵軍内部の役割持ちが覚醒、反旗を翻す。
「古代遺跡での失敗……」
カーマインが低く言う。
「古代システムに誰かが接続し、防御を起動。大規模覚醒を誘発」
技術者Bが補足する。
「覚醒範囲は当時約2キロ」
「2キロ……」
続いて――北方遺跡。
第5戦団の砲撃。地下から放たれるエネルギー波。
敵味方を問わず、役割持ちが一斉に覚醒。
「同様のパターンだ」
「古代システム再起動。覚醒波の放射」
映像は王都に切り替わる。放送塔。
女が竪琴を奏で歌う。
旋律に合わせ、感情波無効化機が共振――6基、連鎖的に破壊。
「音楽による逆位相……?」
カーマインが眉を寄せる。
「非科学的に見えて、効果は実証されている」
「波形解析は」
「理論値に近い完璧な逆位相です」
「……完璧、だと」
「高度な理論理解なしには到達不能な精度です」
「音楽家が――そこまで、か」
初めて表情が揺れる。小さな困惑。
最後に、王都戦の本体――意志制圧装置の無効化。
薄青の波動が市民と兵士の意志を奪う。
突然、装置が金に染まり、波動は逆流――覚醒を促す光に変わる。
カーマインが身を乗り出す。
「これだ」
技術者Aが読み上げる。
「制御コア、外部からの書き換えを確認」
「外部……どうやって」
「古代システムの“上位権限”によるアクセスです」
「上位権限。第何段階」
「第3段階、もしくはそれ以上と推定」
カーマインは立ち上がった。
「ありえん……」
声が震える。
「俺は15年かけて、ようやく第2段階に到達した。それすら世界唯一の成果だったはずだ」
「それを超える――第3段階の権限保持者が、この世界にいる……?」
技術者Aが続ける。
「覚醒範囲も拡大しているようです。遺跡攻防時は約2キロ。王都以降は約4キロへ」
「……成長している」
「“何者か”は権限を段階的に解放している。2倍――第1から第2への昇格指標に一致」
――予測外。
こんな存在は想定していない。
古代システムの適合者……? まさか。
別画面。諜報部の断片的報告を呼び出す。
報告書が流れる。
「グランベル近郊に『役割持ち覚醒現象』」
「古代遺跡拠点の反体制組織、形成」
「組織名:覚醒解放戦線――規模数百」
「覚醒の中心に若い男。詳細不明」
一枚の報告で、指が止まる。
「補給線奇襲にて中心人物名を確認」
「“タナカタロウ”。年齢十代後半と推定。役割持ちを覚醒させる能力」
固まる。画面の文字を凝視。
メガネを外し、目頭を押さえる。
「……タナカ……タロウ」
小さくつぶやく。
すぐに冷静さを取り戻し、読み進める。
「ALF戦力、800へ増強」
最新報告。
「ALF戦力、約4,300に激増」
「自由の翼、ALFへ統合」
「タナカタロウを中心とする封印調査チーム、3日後ヴァルハラ大遺跡へ」
また固まる。
「ヴァルハラ……大遺跡」
「……まさか」
通信装置を起動する。
「諜報部、応答しろ」
『はい、ドクター』
「“タナカタロウ”を最優先で洗え。年齢、出自、家族、能力――全て」
『了解。ただ……』
「続けろ」
『ALF内部への潜入は極めて困難です。自由の翼が諜報を統括しており、我々の工作員は次々と摘発されています』
「構わん。時間をかけろ。それとヴァルハラ動向の監視を継続。遠距離でいい」
通信を切る。
――タナカタロウ。
お前は何者だ。
カーマインの瞳に、冷たい憎悪が灯る。
――続く。




