第16話 静寂の後の新たな道標
解放兵器と化した装置から、温かな金色の光が戦場一面に広がっていた。
倒れ伏していた敵兵たちが次々と膝をつき、手にした武器を取り落とす。
「……俺は、何をしていたんだ」
「これが……自由、なのか……!」
その声が波紋のように広がり、空気が震えた。
押し潰されていた感情が一斉に解き放たれ、歓喜とも戸惑いともつかぬ声が交錯する。
リーナが俺の隣で小さく息を吐いた。
「……終わりましたね」
「ええ。みんなのおかげです」
そう答えながら、胸の奥が不思議と静かだった。
アルカナは「成功」と言った。
だが、あの瞬間の記憶は霧のように曖昧だ。
ただ一つ、皆が生きている——それだけで十分だと思えた。
◆
終戦処理は、数日を要した。
王都外縁の丘に、覚醒した敵兵およそ4,000名が集められている。
カイザーが冷ややかに命じる。
「武器を置け。整列せよ。抵抗すれば容赦はしない」
兵士たちは沈黙のまま従った。
もはや戦う理由も意志もない。
金属音が地を叩き、地面が武器で覆われていく。
すでに覚醒済みの元敵兵が、新たな解放者たちを静かに受け入れる。
対照的に、指揮官層および精鋭護衛約千名は未だ動けずにいた。
そのうち百名ほどの指揮官が、蒼白な顔で空を見上げている。
セレスティアとアルベルトが交渉の場に立った。
「命は保証する。ただし、戦争犯罪の追及は免れない」
静かな声だったが、誰も逆らわなかった。
やがて護衛たちも次々に武器を置く。
一部は自決を選んだが、もう確かめる気力もなかった。
俺には——その覚悟を見届ける資格がない。
カイザーがこちらへ歩み寄る。
「タロウ殿の覚醒で、あらたに約4,000名が解放されました」
「俺じゃありません。みんなが力を合わせた結果です」
そう言うと、カイザーはわずかに笑い、「相変わらずですね」とだけ返した。
◆
数日後、王都ギルド本部・会議室。
ALFの主要メンバーが一堂に会する。
セレスティア、カイザー、フィンチ、初期メンバーたち、そして俺。
自由の翼からはアルベルトとリックが出席していた。
「皆さんに提案があります」
アルベルトの声が会議室を満たす。
「自由の翼を、ALFに統合していただけませんか?」
沈黙。
セレスティアがまっすぐに尋ねた。
「理由は?」
「タロウさんの理念に共鳴しました」
アルベルトの瞳は揺るがない。
「あなたの下で戦いたい。……いや、あなたと共に歩みたい」
「ただし」
リックが続く。
「諜報活動はこれまで通り維持したい。我々の強みはそこにあります」
セレスティアが皆を見回す。
「意見を」
カイザーが即答した。
「諜報網の拡大は戦略的価値が高い。異論はありません」
「私も賛成だ」
フィンチが頷く。
「賛成の方は——挙手を」
全員の手が静かに上がった。
「決まりですね。今この瞬間をもって、自由の翼はALFに統合します」
統合は正式に承認された。
元自由の翼メンバーは活動内容はそのまま全員諜報部として活動。
アルベルトは諜報部統括として就任。リックはその補佐に。
カイザーが組織体制を確認する。
「代表セレスティア、参謀カイザー、技術チーフはフィンチ先生、諜報部統括アルベルト、そして特別顧問——タロウ殿」
特別顧問。
大仰な肩書きだが、俺の役目は裏方で十分だ。むしろ目立たない方がいい。
支える側にいるのが、きっと俺の在り方なんだと思う。
差し込む朝の光が、まるで新しい時代の幕開けを告げているようだった。
◆
午後。王都の訓練場。
カイザーの声が場内に響き渡る。
「諸君らは今、自らの意志で立っている。その誇りを忘れるな!」
覚醒兵たちは真剣な眼差しで聞き入っていた。
「強制はしない。——残るか、去るか。自分で決めろ」
数秒の沈黙。
そして一人、また一人と手が上がっていく。
「自由を取り戻してくれた恩に報いたい!」
「もう二度と、誰かの操り人形にはならない!」
結局、約3,500名がALFに加わると名乗り出た。
残り500名は故郷へ帰還を選んだ。
どちらの選択も、等しく尊い。
訓練場では、ガルドとエルフィンが新兵を指導し始めた。
剣戟の音、笑い声、風に混じる汗の匂い。
新旧が交わり、一つの組織として息づいていく。
その光景を眺めながら、胸の奥が少しだけ軽くなった。
——少しは、役に立てたのかもしれない。
◆
翌日。王都の復興が本格化していた。
瓦礫を運ぶ人々、修復を進める職人たち。
古代ドラゴンが小さな姿に変化し、黙々と資材を運んでいる。
「助かります、ありがとう」
太郎が礼をいう。
「このくらい、造作もありません」
そう言ってドラゴンは喉を鳴らした。
リーナが手を取る。
「タロウ様、市場に行きましょう」
市場は熱気に包まれていた。
焼きたてのパンの香り。子供たちの笑い声。
広場ではメロディアが歌っている。
『暗闇を抜けて 光の中へ
新しい明日を 共に歌おう——』
市民たちが輪になって踊り出す。
瓦礫の街に芽吹く、静かな希望。
「……いい光景だな」
思わず呟いたその声が、風に溶けて消えた。
◆
夕暮れ。ギルド本部の食堂。
久々に、みんなで囲む温かい食卓。
「いやぁ、あの時のお前は本当にヤバかったぞ」
ガルドが笑う。
「まるで別人みたいでした」
エルフィンが続ける。
「あの威厳、あの指揮ぶり……」
「覚えてないんだ。本当に、あの時のことは」
リーナが静かに言った。
「タロウ様は、いつも誰かのために戦う。それがあなたの強さです」
笑い声、湯気、食器の音。
それだけで、世界が少し優しく見えた。
食後、メロディアと古代ドラゴンと共に屋上へ。
夕焼けが王都を黄金色に染めていた。
「束の間の平和、か……貴重な時間だな」
ドラゴンの低い声。
「この景色を守りたいですね」
メロディアが微笑む。
「そうですね。」
俺は頷いた。
そこへフィンチが現れた。
「いい報告だ、タロウ君。意志制圧装置の解析が進んでいる。今後も解放兵器として転用できそうだ」
「それは朗報ですね」
「君の判断は正しかったよ」
空を染めるオレンジ。
王都を包む風は、優しく穏やかだった。
ようやく、心の底から息ができる気がした。
◆
翌日、再びギルド本部・作戦会議室。
「王都戦は終わった。次は——我々が掲げた計画を動かす時だ」
セレスティアの声に、空気が引き締まる。
カイザーが地図を広げる。
各チームの編成が発表された。
封印調査チーム:太郎、フィンチ、メロディア、古代ドラゴンほか技術者。
目的:真の創造主の封印調査、可能ならば解放。
諜報チーム:カイザー、リック、アルベルトほか諜報班。
目的:世界各国の情報収集と分析。
監視チーム:ガルド、エルフィンほか情報分析班。
目的:世界管理機構の動向監視。
司令チーム:セレスティアほか連絡班。
目的:全体統括と指示伝達。
「太郎、封印調査に同行してほしい。創造主と話せるのは、あなたしかいない」
「わかりました。直接確かめます」
「一人で背負わないでいい。私も一緒だ」
フィンチが微笑んだ。
「敵の動きを読むには諜報が要だ」
カイザーが言う。
「我々の網を最大限に使う」
アルベルトが続ける。
作戦は整った。
諜報・監視チームは翌日出発。
封印調査チームは3日後、手はじめにヴァルハラの大遺跡へ向かう。
会議室に深夜まで灯りがともっていた。
それぞれの決意が、地図の上で静かに交錯する。
◆
翌朝。
清澄な空気、金色の朝日。
諜報班の準備が進む中、ガルドとエルフィンが俺に手を振った。
「タロウ様、どうかご無事で」
「おたがいに頑張りましょう」
カイザーが短く言う。
「必ず成果を持ち帰ります」
セレスティアは監視網の最終指示を飛ばしている。
フィンチは資料をまとめ、出発準備を進めていた。
俺は王都の街並みを見下ろした。
復興の音、子どもたちの笑い声、遠くの歌声。
メロディアが旅立つ仲間たちに祈りの歌を送っている。
——みんながそれぞれの道を歩んでいる。
俺はただ、その背中を支える。
それでいい。
それで、きっといい。
「太郎」
振り向くと、セレスティアが立っていた。
「あなたのおかげで、この世界は動き出した。……それが正しい方向かは、まだ分からないけれど」
「私は、あなたと共に歩めることを誇りに思う」
柔らかな笑み。
その一言が、不思議なほど胸に沁みた。
——つかの間の平穏。
だが、その先に新たな風が吹こうとしていた。
太郎と仲間たちの物語は、まだ終わらない。
――続く。




