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第15話 意志の交響曲(後編)

アルカナの光が俺を包んだ瞬間、世界が一変した。


まるで深い霧が音もなく晴れていくように、戦場のすべてが鮮明に浮かび上がる。

敵の配置、味方の動き、装置の構造――すべてが掌の上にあるかのように理解できた。


『――意志同調フィールド』

体感して初めて、その真価が骨の髄までわかる。

アルカナを介して、俺と仲間たちの意志がひとつに結びつき、瞬時に互いの思考と感情を共有する。

特に発動源である俺の思念は、誰よりも強く仲間へ伝達される。

俺が恐怖や不安を覚えれば、その震えは全員へ波紋のように広がる――それを防ぐためか、発動と同時に脳内から大量のセロトニンが放出され、精神は安定し、興奮は鎮まり、研ぎ澄まされた冷静さが満ちていくのがわかった。


そして、それだけではない。

発動者である俺には、同調した仲間たちの知識や経験までもが、まるで自分のもののように流れ込んでくる。

ひとりひとりの人生が奔流となって押し寄せるが、アルカナがそれを瞬時に整理・蓄積し、そのときの俺に最適な助言を繰り返し返してくる。

しかも今は、これまでのように「アルカナに問いかける」という感覚すら不要だった。

思考はタイムラグなく、まるでアルカナと自分が一体化したかのように展開される。


ただし、その代償は重い。

アルカナの処理能力と俺自身の脳へ同時に膨大な負荷がかかるため、どれほど優秀なアルカナをもってしても、この状態を10分以上維持することは不可能だ。


――これが、『意志同調フィールド』の全貌であった。



戦場の現状が脳内に流れ込んでくる。

正直に言えば……状況は絶望的だった。


意志制圧装置から放たれる薄青の光が王都全域を覆い尽くし、街の人々は人形のようにぎこちない動作を繰り返すばかり。

連合軍の後方部隊も次々と覇気を失い、医療班も通信兵も、ただ機械的に動作をこなすだけの存在へと変わっていた。


リーナもその影響から逃れられない。

「……タロウさん、次は何をすればいいですか」

感情を宿さない声。いつもの温かな笑顔は影も形もなく、ただ空ろな瞳で俺を見つめている。


エルフィンもガルドも、魔法や剣を振るう動きこそ残っているが、そこに工夫や判断は一切なかった。

決められた型を反復するだけの虚ろな戦士たち。戦術という概念すら、奪われていた。


それでも……俺の中には一片の動揺もなかった。

むしろ、これまでにない静謐な冷静さがあった。


「みんな、俺の話を聞いて下さい」


自分でも驚くほどに、その言葉は力強く響いた。

普段の控えめな口調ではない。確信に満ち、揺るぎなき響きを持った声。

ただ告げるだけで、人を振り向かせる重みがあった。


意志同調フィールド――その力はすでに周囲4kmを覆い、仲間たちを抱き込んでいる。

その効果が少しずつ浸透していくにつれ、虚ろだった仲間たちの瞳に、ほんのわずかずつ光が戻り始めた。



「タロウ様……?」

メロディアが息を呑む。

「その雰囲気……まるで別人のようです」


カイザーもまた驚愕を隠せない。

「この……威圧感は一体……」


俺は戦場全体を俯瞰し、同調の波を通じて仲間たちへ語りかけた。

声に出したわけではないのに、胸の奥から響く声が彼らの意識を震わせる。


『戦術を変更しましょう』

俺は戦場全体を見渡しながら同調している皆に語りかけた。

『あの装置を破壊するのではなく、制御を奪います』


『制御……ですか?』


『そうです。破壊すれば技術は失われます。しかし制御できれば、意志制圧から意志解放に転換できる』


セレスティアとアルベルトが近づいてきた。

2人とも、俺の変化に明らかな困惑を隠せない。


「太郎……今のあなたは、まるで真の指導者のようです」

セレスティアが驚きと敬意を帯びた声で呟く。


その言葉を、俺は敢えて同調の波に乗せ、仲間全員に響くよう思念で返した。

『いえ、俺はあくまでサポートキャラです。』

『この物語を導くのは俺じゃない。この世界を守るのは、あなたたち自身です。』


その瞬間、戦場の空気がわずかに震えた。

覚醒した仲間たちの胸に、再び熱が宿るのをはっきりと感じた。



俺は戦場を俯瞰し、瞬時に作戦を組み立て、仲間たちへ思念を放った。


『メロディアさん、あなたの歌声で装置の周波数を乱してください』

鋭い指示が彼女の意識に響く。

『逆位相チューニングを意志制圧波に対応させるんです』


『……そんなこと、本当に可能でしょうか?』

メロディアが不安そうに答える。


『大丈夫です。俺たちがあなたの歌声を増幅します』

アルカナと完全に同調した今の俺には、確信があった。

思考には一切の迷いがなく、未来の光景すら見えているかのようだった。

『必ず成功します』


『……分かりました』

メロディアの瞳に決意の炎が宿る。


不思議だった。

普段の俺なら、こんな不確定な指示を自信満々に口にできるはずがない。

それなのに、今は自然に言葉が紡がれる。


これが……『意志同調フィールド』。

仲間の意志と俺の意志が重なり合い、ひとつの大河となって流れ出す。

新たに得た力の凄まじさに、俺はあらためて戦慄した。



『ガルドさん、エルフィンさん、リーナさんは後方で支援を』

俺は的確に指示を出す。


『タロウ様、残り稼働時間は8分です』

アルカナの声が脳裏に響く。


『作戦開始です』


突撃の合図と共に、俺たちは装置に向かって進撃を開始した。


メロディアが高台に立ち、声を張り上げる。

その旋律は、これまでの歌とは次元が違っていた。

意志制圧波そのものに逆位相をぶつけ、完全に干渉し打ち消すために練られた、新しい調律だ。


俺とアルカナの力で歌声を増幅し、戦場全域へ拡散する。

その瞬間、装置から放たれる薄青い光が不規則に揺らいだ。


「効いてるぞ!」

フィンチが興奮して叫ぶ。


だが、それだけではなかった。

メロディアの歌声は意志制圧波を相殺するだけでなく、周囲の感情波無効化装置までも狂わせていた。

さらに、覚醒耐性を誇るはずの精鋭部隊の動きすら鈍らせている。

予想外の副作用……いや、これは幸運な必然か。


『今です!』


俺たちは護衛部隊1,000名の間を切り裂くように突き進む。

上空ではドラゴンが咆哮と炎で陽動を仕掛け、地上ではALFと自由の翼のリック率いる破壊班が左右へ展開し、敵の注意を分散させる。

その隙を突き、俺たちは装置の基部へと肉薄していく。


俺の人格変化は最高潮に達していた。

意志同調フィールドが放つ圧倒的な威圧感は、戦場全体に影響を及ぼし、敵兵の心すら震わせる。


「あの男は何者だ……!」

「人間のはずなのに……この圧は……」


恐怖と動揺が敵陣を蝕んでいく。

仲間を導く力が、敵を挫く力へと反転している。


意志同調フィールド……その真価は、今まさに発揮されようとしていた。



俺たちはついに装置の制御室へ辿り着いた。


壁一面を覆う巨大なコンソールが唸りを上げ、世界管理機構の技術者たちが必死に操作を続けている。

だが、メロディアの逆位相の歌声が既に制御系統を揺さぶり、システム全体は不安定に脈動していた。


『俺が直接接触します』

迷いはなかった。


俺は装置のメインコンソールに手を置く。

次の瞬間、アルカナとの同調によって頭の中に膨大なデータが流れ込んできた。


……世界管理機構が真の創造主の封印技術を転用して組み上げた兵器、その冷徹な設計思想。

……そして、それを逆用して「封印」を「解放」へと転じさせる手順。


システムをハッキングし解析、理解が一気に構築されていく。

まるで長年の研究者のように俺の指は迷いなく操作を繰り返し、セキュリティを突破し、逆変換のアルゴリズムを編み上げていった。


「……いける」

俺は小さく呟く。

「意志制圧から……意志解放への転換が可能になった」



ついにコアシステムへアクセス。

逆変換プログラムを走らせる。


制御室全体が震え、装置から放たれる光が変質していく。

冷たく薄青い制圧の波が、やがて温かな金色の奔流へと転じた。


圧力のように押し潰していた意志の枷が弾け飛び、解放の波動が王都全域に広がっていく。


「……成功しました!」


その声は俺自身のものだったが、戦場全体に響き渡る勝利の合図にも思えた。



制圧波の停止とともに、王都の空気が一変した。

連合軍の兵士たちの瞳に光が戻り、街中からは驚きと安堵の声が次々と上がる。


「……あれ、私は何をしていたんだ」

「自由だ……!」


押し潰されていた感情が一気に解放され、人々の声が波のように広がっていった。

意志制圧装置は完全に反転し、いまや意志解放の源となっていた。


『マスター、残り2分です』

『ありがとう、アルカナ。もう停止して構わない』

『了解しました』


静かにやり取りを終えると、俺は仲間たちに向き直った。

「装置の制圧は完了しました。これで、みんなが再び自分の意志で生きられます」



対照的に、世界管理機構の指揮官たちは混乱に陥っていた。

「なぜだ、なぜやつらは制圧されない!」

「技術班、即刻報告しろ!」


怒号が飛び交うが、その声に応える者はいない。

なぜなら、かつて5000名いた兵士のほとんどが既に寝返っているからだ。


解放波に包まれた彼らの瞳には、恐怖や迷いではなく、確かな決意の光が宿っていた。


もはや残された選択肢は二つ。

投降するか、自ら命を絶つか。

撤退という言葉すら許されない、徹底的な孤立無援の状況に、敵指揮官たちの顔は蒼白に染まっていった。



「タロウ様、大丈夫ですか!」

メロディアが駆け寄り、心配そうに俺の肩を支える。


「うん……大丈夫」

少し鈍い頭痛を感じて頭を押さえる。


さっきまでの記憶が霞のようにぼやけている。

装置を制御し、戦場に指示を飛ばした――確かに自分がやったはずなのに、まるで他人事のようだ。


「太郎、ありがとう。本当に見事だった」

セレスティアが柔らかな笑みを浮かべる。


「まさに真のリーダーだった」

アルベルトも賞賛する。


しかし相変わらず実感がない。

俺はただNPCとして、サポートキャラクターとして、与えられた役を演じていただけではないのか……

そんな疑念が拭えなかった。


『マスター、装置制圧は完璧でした』

アルカナが淡々と告げる。その声音に熱はなく、だからこそ逆に重みがあった。


「……本当に俺がやったの?」

自分の目で見ていたにもかかわらず、不安が募る。

まるで夢の中の出来事のように、現実味がない。


「間違いありません」

カイザーが断言する。

「あの10分間の貴方は、まさに我々の指導者でした」



戦場は静まり返り、王都の空にはなお金色の光が名残のように漂っていた。

終わってみれば、確かに圧勝だった。誰が見ても揺るぎない勝利――だが胸の奥には、誇らしさよりも奇妙な空白が残る。


しかし世界管理機構の脅威は依然として健在だ。

これはひとつの勝利にすぎない。


俺は鈍く疼く頭痛をこらえ、夜空を仰ぐ。

……まだ幕は下りていない。これは始まりにすぎないのだから。


——続く。

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