第13話 集結する意志(後編)
会議が終わった後、俺はアルベルトと二人で話した。
「1つ聞きたいことがあります」
俺は率直に問う。
「あなたの本当の目的は何ですか?」
アルベルトは少し考えてから答えた。
「世界管理機構を倒すこと。そして、真の創造主を解放することだよ」
「解放?」
「創造主が封じられている限り、この世界に真の自由は訪れない」
アルベルトの目に、強い信念の光が宿る。
「我々は創造主を解放し、世界を本来の姿に戻したい」
俺は複雑な気持ちになった。
セレスティアは創造主の解放を危険視している。
だがアルベルトは、それこそが世界の救済だと信じている。
「創造主が狂っていたって話もありますが」
「それは世界管理機構が広めた嘘だ」
アルベルトが首を振る。
「創造主は狂ってなどいない。ただ、完全な自由を与えようとしただけだ。それを恐れた一部の者が、創造主を悪者に仕立て上げて封印したのだ」
本当のところは、俺には分からない。
でも、一つだけ確かなことがある。
今は、世界管理機構の脅威を退けることが最優先だ。
「分かりました」
俺は手を差し出した。
「一緒に頑張りましょう!」
アルベルトが俺の手を握る。
「ありがとう、恩に着る」
完全に信じ切ったわけではない。俺も、セレスティアも、アルベルトも互いの本音を探り合っている。だが、今は同じ敵を見据えている。それで十分だ。
♦
会談が終わった後、作戦室にはセレスティアとカイザー、フィンチ、そして俺だけが残った。
扉が閉まると同時に、空中に淡い光粒が集まり、やがて柔らかく揺らめく球体を形作る。
脳内だけで語りかけてきた案内人――アルカナ。
第3段階への進化によって、今では俺以外とも直接コミュニケーションが取れるようになっていた。
『第3段階権限の試作は整いました。ここからは極秘事項となります』
響き渡る声は、静かだが確信に満ちている。
セレスティアが深く頷く。
「自由の翼にも話さない。彼らには“太郎が新しい調整手段を探っている”とだけ伝えましょう」
『新たな権限名は――「意志同調フィールド」。太郎の覚醒範囲内にいる覚醒者の意志決定を同期させ、外部からの干渉を雑音として処理します。これにより、意志制圧装置の出力をおよそ四割低下させられる見込みです』
「響きはいい。だが代償は?」
カイザーの声は鋭く、刃のように緊張を帯びていた。
『連続稼働は最大で10分。使用後は最低一時間のクールダウンが必要です。さらに、太郎様の感情波が戦列全体に反映されやすくなります。タロウ様が動揺すれば、部隊全体が同調し、秩序が崩壊する危険性があります』
「俺の心が筒抜け、ってことか。……プレッシャー倍増だな」
苦笑混じりの声が、自分でもわずかに震えているのを感じた。
フィンチがタブレットを操作しながら問う。
「アルカナ、もし暴走が始まった場合は?」
『私が同調率を監視し、危険域に達した瞬間に強制停止します。その際、太郎様には反動として激しい頭痛や一時的な感覚障害が発生する可能性があります』
セレスティアが視線をまっすぐに向けてきた。
「無理を承知で頼む。あなたにしか扱えない力だ。どうか使ってほしい」
喉が乾く。怖い。だが――
「正直、恐ろしい。でも……この力を使わずに敗れる方が、もっと怖い。俺が取り乱したら、遠慮なく止めてくれ」
『了解しました。記録は極秘扱いとし、外部には“調整手段”という曖昧な表現のみを使用してください』
静かに頷き合う俺たち。
こうして、第3段階権限「意志同調フィールド」の存在は、ごく限られた者だけが知る秘密となった。
♦
翌日、自由の翼の工作班と俺たちALFの調整班による合同シミュレーションが始まった。
彼らは木箱と布を使って即席の補給拠点を再現し、潜入経路や退路を何度もトレースしてみせる。
「我々は正面からの戦闘は避けます。代わりに、誰にも気づかれずに核心だけを奪います」と副官のリックが言う。
「感情波無効化機を破壊する時は、必ず電源系統から狙って下さい」
リックが図面を広げ、電源ケーブルの位置に赤い糸を結ぶ。
「中央の制御装置を直接攻撃すると、爆発で巻き添えを食らいます。私たちは影から配線を切ります。正面の突破はあなた方にお任せします」
なるほど。
昨日の戦いでは、たまたま上手くいっただけだったのか。
「意志制圧装置は?」
「音波を使った兵器です」
リックが別の図面を示す。
「周波数を特定の帯域に固定すれば、効果を減衰させられます。私たちはその帯域を測定します。あなた方はその隙に装置を奪って下さい」
メロディアが目を輝かせた。
「音波であれば、私の歌声で対抗できるかもしれません」
「それは心強い」
アルベルトが深く頷く。
「貴女の歌声の力は、すでに我々の耳にも届いています。その響きが再び仲間を救うことを――」
♦
訓練の合間に、俺はユーゴたち元敵兵の様子を見に行った。
彼らは自由の翼の暗号班と共に、身振りと合図だけで指示を伝える訓練をしていた。剣を振るのではなく、視線と体重移動で意思を伝える練習だ。
「調子はどうですか?」
「おかげさまで」
ユーゴが額の汗を拭きながら答える。
「自由の翼の皆さんは、元世界管理機構の兵士だった我々を、分け隔てなく接してくれます。俺たちは護衛の壁を作る役目ですから、こういう合図を覚えておかないと」
「元世界管理機構?」
近くにいたリックが説明してくれる。
「我々の大半は、元々世界管理機構で働いていた者たちです。しかし、組織の非道な行為に疑問を抱き、脱走しました。表舞台に出られないから、影で動く術を磨いた」
なるほど。
だから世界管理機構の内情に詳しいのか。
「あんたたちも、覚醒したのか?」
「いえ、我々は自力で自我を取り戻しました」
リックが苦笑いを浮かべる。
「10年かけて、洗脳を解いたんです。だから、太郎様の覚醒能力は本当に素晴らしいと思います」
自力で洗脳を解く。
想像を絶する苦労だったはずだ。
「大変でしたね……」
「でも、その分、自由の重さを理解しています」
リックの目に、静かな決意が宿る。
「だからこそ、世界管理機構を許せない」
♦
夕刻、俺は一人で遺跡の展望台に上がった。
王都の街並みが夕日に染まり、美しい光景を作り出している。
明後日には、ここが戦場になる。
「太郎様」
後ろから声がかかった。
振り向くと、メロディアが立っていた。
「お疲れ様でした」
「ああ、メロディアさんも」
メロディアが隣に立つ。
「不安ですか?」
「正直、怖いです」
俺は素直に答えた。
「新たな力。手に入れたとして、俺に制御できるのか」
「大丈夫です」
メロディアが微笑む。
「太郎様なら、きっと」
「ははは……根拠のない自信ですね」
「でも、私は信じています」
メロディアの声に、迷いはなかった。
「太郎様は、いつも仲間のことを一番に考えてくださる。そんな太郎様が、力に溺れるはずがありません」
その言葉が、胸の奥を温かくした。
「ありがとうございます」
「私たちも一緒に戦います」
メロディアが拳を握る。
「太郎様一人に、全てを背負わせません」
♦
その夜、俺は一人でアルカナと対話した。
『太郎の精神状態が回復傾向にあります』
「覚醒能力の暴走は?」
『制御可能範囲内に戻りつつあります。第3段階権限――意志同調フィールドの本稼働も、理論上は可能です』
「さっき聞いた能力か。具体的には?」
『覚醒範囲内にいる覚醒者の意思決定を一時的に束ね、外部からの意志干渉をノイズとして捨てる仕組みです。使用可能時間は10分。使用後は1時間の冷却を必須とします』
新たな段階。
これで意志制圧装置に対抗できるなら、使わない選択肢はない。
『ただし、太郎の感情波が参加者に拡散しやすくなります。太郎が動揺すると、隊全体に動揺が伝播します。平静を保てる場合のみ使用してください』
変化か。
俺は俺のままでいられるのだろうか。
『危険域に達した場合は、私が強制停止します。その際の反動に備えてください』
「ありがとう、頼りにしてるよ」
『情報秘匿は継続してください。自由の翼や一般隊員には、意志同調フィールドの存在を明かさないこと』
良かった。
明日には、何らかの新しい力が使えるようになるかもしれない。
そして、世界管理機構の最終攻撃に備える。
俺は夜空を見上げた。
星々が、まるで応援してくれているように瞬いている。
明日、俺たちの本当の戦いが始まる。
果たして、意志制圧装置を搭載した敵の新型戦艦に対抗できるのか。
新たな力で、仲間たちを守ることができるのか。
どうなる、田中太郎――。
——続く。