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第12話 集結する意志(前編)

王都の城門が見えてきた時、俺の胸は複雑な感情で満たされていた。

勝利の高揚感。

仲間を危険に晒した後悔。

そして、自分の能力が暴走したあの瞬間への恐怖。


「太郎様、大丈夫ですか?」

隣を歩くメロディアが、心配そうに俺の顔を覗き込む。


「ああ、大丈夫だ」

嘘だった。

頭の奥で、まだかすかに鈍痛が残っている。

覚醒能力を酷使した代償らしい。


案内人が静かに告げる。

『太郎の精神負荷は基準値を上回っています。新たな段階への移行は、充分な休息後に検討すべきです』


「新たな段階か……」

俺は小さく呟いた。


新たな力。

でも、それを手にする資格が俺にあるのだろうか。



「ところで……」

俺はふと足を止め、脳裏に語りかけた。

「お前には名はないのか? いつまでも“案内人”と呼ぶのは、なんとも味気ないのだが」


静かな声が応じる。

『お好きなようにお呼びください。それが、私の名となりましょう』


「好きなように、か……」

腕を組み、少し考える。単なる呼び名ではなく、俺と共に歩む存在にふさわしい響きが欲しかった。


やがて、案内人が提案する。

『それでは——“アルカナ”というのはいかがでしょうか』


「アルカナ……」

その音を舌の上で転がす。古代の秘術を思わせる響きに、胸の奥がわずかに震えた。

「いい名だ。これからはお前を“アルカナ”と呼ぶ。……頼りにしているぞ」


『了解しました、タロウ様』

声は一層澄み渡り、どこか誇らしげに響いた。



王都の街角では、市民たちが手を振って俺たちを迎えてくれた。

放送塔奪還の時とは違う。

今度は、覚醒した人々の明るい笑顔が並んでいる。


「解放軍の皆さん、ありがとう!」


声援は組織全体に向けられている。

自分だけがもてはやされるより、ずっといい。


だが、隊列の後ろを歩く300人の元敵兵たちは、まだ戸惑いを隠せずにいた。

つい昨日まで、この街を攻撃する予定だった彼ら。

今は、街の人々から歓迎の声を受けている。


「不思議な気分です」

元敵兵の一人、若い剣士のユーゴが俺に話しかけてくる。

「昨日まで命令に従うだけでしたが、今は自分で考えて歩いています」


「慣れますよ」

俺は彼の肩を軽く叩いた。

「最初はみんなそうでした」



王都へ戻ると、すでに準備を整えていたセレスティアとカイザーが出迎えてくれた。

彼らは俺たちよりも先に王都入りし、冒険者ギルドへの報告を終えたのち、王との謁見を果たしていたらしい。


世界管理機構の動向、覚醒者たちの現状、そして今後に向けた協力の要請――。

その尽力の成果として、俺たちはしばらくの間ギルド本部を拠点とすることを許されていた。さらに、遺跡の拠点からもドラゴンを介して数名の仲間が街へ帰還し、王都の空気に加わっていた。


「お疲れ様でした」

リーナが温かいスープを差し出してくれる。

香ばしいハーブの匂いが、疲れた体に染み渡る。


「状況はどうなりましたか?」

俺はスープを受け取りながら聞いた。


カイザーが振り向く。

「各地からの覚醒者が続々と到着している。現在の総数は800名。うち戦闘要員が400名だ」


「800名も……」


「この機会に、組織名を正式に整えましょう」

セレスティアが小さく息を整える。

「補給線奇襲で示された信頼に応えるためにも、今後は覚醒解放戦線――Awakened Liberation Front、略してALFと名乗ります。私が代表、カイザーが参謀、フィンチが技術チーフ。そして、太郎は特別顧問として前線調整に専念してください」


「表に出る役割は任せます。俺は後ろから支えるのが性に合ってますから」

俺がそう答えると、カイザーが満足げに頷いた。

「王都の凱旋式でも、セレスティア様と私が表に立つ。タロウ君は象徴だが現状身を守る術がない。なるべく目立たない位置にいるべきだ」

「分かりました。」


「ところで……」

セレスティアが地図上の複数の点を指す。

「他の国でも覚醒者の蜂起が始まっています。太郎が制御下に置いた遺跡ネットワークを通じて、覚醒波が各地に伝播しています。世界管理機構は各地で同時対処を迫られ、王都への戦力集中が困難になっているようです」


フィンチがタブレットの画面を示す。

「補足すると、案内人が第三段階準備のために送った自己診断パルスが、眠っていた役割持ちの感情核を刺激したようだ。『意識の靄が晴れる夢を見た』という報告が世界中から届いている」


なるほど。

補給線奇襲の効果は、想像以上だったようだ。


フィンチが古代のタブレットを持って近づいてくる。

「太郎、興味深い報告がある。世界管理機構が新たな兵器を投入するという情報を入手した。それと、王都進軍部隊は約5000名に縮小されたらしい」


「補給線奇襲で備蓄が吹き飛び、補給部隊の再編に兵を割かざるを得なかったらしい」

カイザーが苦い顔をする。

「各国遺跡で蜂起が連鎖したせいで、鎮圧用の部隊も各地に散らざるを得ない。そして意志制圧装置の護衛に精鋭を貼り付けている。数は減ったが、質は上がっているぞ」


「新たな兵器?」


「感情波無効化機に代わる『意志制圧装置』だ。どうやら彼らが秘匿していた最終兵器の一つらしい。覚醒者の自由意志そのものを削ぐ兵器だ」


背筋が寒くなった。

感情を奪うだけでなく、意志まで奪うのか。


「対策はあるのか?」


「いや、まだ調査中だがどうにも風向きはあやしい」



その時、見張りが静かに部屋へ入ってきた。


「報告いたします。『自由の翼』と名乗る一団より、極秘の面会を求められております」


カイザーが眉をひそめる。

「世界管理機構の使者か?」


「いえ、違うようです」


俺とセレスティアは思わず視線を交わした。

――自由の翼。

聞いたことのない名だ。


「人数は?」


「代表らしき人物と副官、それに護衛三名。合計五名です」


カイザーの手が自然と剣の柄にかかる。

「少人数だからといって、油断はできん。罠の可能性もある」


見張りは一歩進み、言葉を重ねた。

「ただし彼らは武装しておらず、終始落ち着いた態度で、“密かに話をしたい”と申しております」


セレスティアは小さく頷き、低く答えた。

「……分かりました。まずは私とカイザーで応対しましょう。太郎は、しばらく控えてください」



ギルドの入り口で、俺は一団の到着を待っていた。

傍らにはガルドとメロディア、そして元敵兵のユーゴが護衛として控えている。


やがて、地を叩く馬蹄の音が近づいてきた。


先頭に現れたのは、黒いマントをまとった男。

フードを深く被り、その顔は見えない。だが立ち姿には不思議な威厳が漂っていた。


一団が俺たちの前で静かに停止する。


男はゆるやかにフードを外した。


「初めまして、覚醒解放戦線のみなさん」

穏やかな笑みを浮かべながら、低く澄んだ声が響く。

「私の名はアルベルト。『自由の翼』を率いる者です」


「ドラゴンと共に森を飛び立ったあの日から、あなた方の行動はずっと耳にしておりました」

アルベルトは馬を下り、落ち着いた仕草で言葉を続ける。

「古代遺跡への進軍、世界管理機構との戦い、そして昨日の補給線奇襲。見事でした。補給線を落とし、王都での足場を固めた今こそ、接触の時と判断しました」


「あなた方と安全に会話できる場を探していたのです」

副官のセラが一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。

「世界管理機構の監視網が弱まる、この一瞬を待っておりました」


俺は依然として警戒を解かない。

この男が何者で、どんな目的を抱いているのか、まだ分からない。


「……自由の翼とは何者だ?」


「世界管理機構に抗う地下組織です」

アルベルトは辺りを見回しながら答えた。

「我らは10年前から活動を続けてきました。支配に苦しむ人々を救い、真の自由を取り戻すために」


「10年前から……」


「そうです。あなた方が覚醒を起こすよりずっと前から、我々は影で戦っていました」

その瞳には深い決意が燃えていた。

「だが、我々だけでは限界がありました。あなた方という存在が現れるまでは」


ガルドが険しい声で問う。

「それで――何の用だ?」


「協力を願いに来ました」

アルベルトは俺を真っ直ぐに見据える。

「あなた方の力と、我らの組織力を重ねれば、世界管理機構を打ち倒せると確信しています」


「信用できるのか?」

メロディアが疑いを隠さず口を挟む。


「当然の疑問ですね。信用は言葉ではなく行動で示すもの」

アルベルトは懐から一巻の巻物を取り出した。

「これは世界管理機構の最新作戦計画書です。意志制圧装置の詳細も含まれています」


俺は巻物を受け取り、ざっと目を走らせた。

――確かに、フィンチが語っていた意志制圧装置の情報が細かく記されている。


「これをどうやって?」


「我々の仲間が機構の内部に潜入しております」

アルベルトの答えは即答だった。

「その情報によれば、3日後――意志制圧装置を搭載した新型戦艦が王都を襲撃する予定です」


3日後。

機構本隊の到達と重なる時刻。


「……分かりました」

セレスティアが短く言い切る。

「詳しい話を、聞かせてもらいましょう」



とある会議室で、アルベルトは「自由の翼」について詳しく語ってくれた。


「我々は各国に支部を持ち、総勢三千名を抱える組織です」

彼は地図上に印をつけながら、淡々と続ける。

「もっとも表向きは慈善団体や医療支援組織を装っています。主力任務は潜伏、情報収集、避難経路の確保。正面からの武力衝突――特に突撃戦は不得手です」


カイザーが腕を組み、低く問う。

「戦闘要員はどの程度いる?」


「護衛と破壊工作に特化した班がおよそ百名」

アルベルトは迷いなく答える。

「彼らは全員、世界管理機構の内部で鍛えられた者たちです。しかし前線に立つのは、あなた方にお願いしたい。我々は後方支援に全力を尽くします」


セレスティアが冷静に問いを投げた。

「なぜ今まで接触してこなかったのです? 存在は噂で聞いたことがありますが、直接会うのは初めてです」


アルベルトの表情が一転し、真剣さを帯びる。

「時機を待っていたのです。覚醒現象が世界規模で起こる以前は、我々だけでは世界管理機構に抗うことはできなかった。しかし昨日の補給線奇襲の成功、各地での覚醒者蜂起を見て、確信しました。あなた方と力を合わせれば勝てる、と」


フィンチが机に広げられた図面を指さす。

「この意志制圧装置について、何か知っているか?」


「はい」

アルベルトは重々しく頷いた。

「世界管理機構が誇る最終兵器のひとつ。真の創造主を封じた際の技術――『意志束縛の術』を兵器化したものです」


真の創造主。

またしても、その名が出てきた。


「封印技術……だと?」


「そうです」

アルベルトの声は低く、硬い響きを帯びる。

「この装置を使われれば、覚醒者でさえ意志を奪われ、人形のように従属させられる」


会議室に重苦しい沈黙が落ちた。

背筋に冷たいものが走る。


「……対策は?」


「我々も調査を続けていますが、確実な方法はまだ見つかっておりません」


俺は心の中でアルカナに問いかける。

何か手立てはあるのか?


『タロウ様の権限が第3段階以上に昇格すれば、対処可能となるでしょう』


「大丈夫、今すぐには無理だが……1、2日あれば対応できる見込みです」

俺は仲間を安心させるように、落ち着いた調子で言葉を紡いだ。


「……なんと!」

アルベルトの目が見開かれる。


「結局のところ、今回もタロウさんが作戦の要になりそうですね」

セレスティアが小さく微笑み、しかし声音は真剣そのものだった。

「とにかく今は少しでも休んでください。戦いはこれからです」


——続く。

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