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第11話 王都の分かれ道

夜空の下、王都の灯りが一つ、また一つと戻っていく。

路地の影では人々が抱き合い、歌声が瓦屋根を渡って流れていった。

俺はドラゴンの背に身を預け、その光景を見下ろしていた。


「太郎様、これからどうされますか?」

メロディアの声が夜風に混じって届く。


王都防衛か。補給線奇襲か。

どちらを選んでも、誰かの運命が変わる。

胃の奥が重く、冷たい。


案内役が淡々と告げる。

『敵本隊、王都まで残り80キロ。到達予定時刻は明日15時』


「……俺たちで補給線を叩けるのか?」


フーガが折り畳みの地図を開き、夜目にも読める赤の印を指した。

「後方部隊は三千。円陣の中心に感情波無効化機が6基。護衛は分厚いけど、裏を返せば機動力がない」


「それでも三千だぞ。俺たちは何人で行くんだ?」


「50人。選りすぐりの覚醒者だけ」


50対三千。数字だけ見れば絶望だ。

それでも、俺たちには覚醒の火種がある。


「太郎が近づけば、敵の中から味方が生まれる」

ガルドが低く、確信のこもった声で言う。

「問題は、無効化機の範囲内に入る前に、どこまで揺らせるかだ」



遺跡の作戦室に戻ると、カイザーが戦況図の前で腕を組んでいた。


「決めたか?」


「……補給線を叩く」

言葉にする瞬間、肺が痛むほど深く息を吸い込んだ。


「王都で迎え撃てば、市民を確実に巻き込む。でも補給線なら、俺たちだけで済む」


——嘘かもしれない。

本当は、あの灯りの下で歌う人たちを、もう一度戦場に引きずり出すのが怖いだけかもしれない。

それでも、今は前を向くしかない。


カイザーは即答で頷いた。

「賢明だ。補給を潰せば、本隊の士気は崩れる。感情波無効化機を全部破壊できれば、対覚醒者の牙も抜ける」


セレスティアが揺るぎない声音で告げた。

「時間を稼げば各地の覚醒者が王都に集まれる。長期戦は私たちが有利。そして補給が途絶えれば、本隊の進軍は二日は遅れるはず」


リーナが不安を隠しきれずに俺を見つめる。

「でも、太郎様が最前線に……」


「大丈夫だ」

努めて明るく笑ってみせる。

「一人じゃない。みんながいる」



翌朝。遺跡の広場に50人の覚醒者が並んだ。

元第三戦団の兵士、魔法使い、吟遊詩人、商人、農民。

昨日まで“ただの人”だった面々が、今は自分の足で立ち、同じ方向を見ている。


メロディアが一歩前に出る。

「出陣の歌を。『風を切る翼』」


澄んだ声が空を洗い、胸骨の内側を震わせた。

即興の詞が風に乗り、列のあちこちからハミングが重なる。

俺も小さく口ずさむ。音程は怪しいが、心だけは真っ直ぐに。


「出発だ」

カイザーの号令で、隊列は王都南方の森へと動き出した。



昼過ぎ。

森の奥で、俺たちは敵の補給部隊に遭遇した。


馬車群が同心円状に組まれ、その中心に無機質な塔が6本。

青白い光——感情波無効化機——が、森の静寂を抉るように明滅している。

無表情の兵士たちが円陣を固め、呼吸のリズムまで同じだ。


「距離二百。太郎の覚醒範囲は4キロだが、干渉で大幅に減衰してる」

ガルドが木陰から囁く。


胸の奥の“熱”に手を伸ばす。いつもなら触れれば燃え上がる火が、今日は濡れた布の下でくすぶっている。

青い光は、俺の波を押し潰していた。


「どう動く?」


「正面突破だ」

カイザーが剣の柄に手を置く。

「太郎を楔の先頭に置き、一気に中心へ。無効化機を潰す」


「待ってくれ」

思わず手を上げた。


違う。正面からぶつかったら間違いなく折れる。

どこかに、ひびを入れる角度があるはずだ。


案内役が脳裏で囁く。

『王都の逆位相チューニングの応用が可能。覚醒波の周波数を固定し、無効化機の追従外帯域を狙ってください』


「……放送塔でやった手だな」


『はい。ただしリスクあり。周波数固定に失敗した場合、覚醒波が反転し、適合者自身にフィードバックする可能性がある』


メロディアが振り返る。

「太郎様?」


皆の視線が刺さる。

信じてくれている目だ。

俺は——まだ手探りだ。それでも、前に出るのは俺だ。


「……無効化機を“騙す”。周波数で盲点を突く。メロディア、音を貸してくれ」



作戦は単純で、難易度は高い。

メロディアが基準音を生み、俺が覚醒波をそこへ“調律”する。

無効化機が追い切れない帯域で、外周から心を揺らす。


「準備は?」


メロディアが微笑む。

「『共鳴破壊のワルツ』、始めます」


低いラの音。

胸の熱を、その一点へゆっくりと集め、重ね、細く尖らせる。


——ぶれる。

覚醒波が散り、森の湿気に吸われる。


「もう一度」


二度目。三度目。

指の腹でガラス杯の縁を撫でるように、音と心の震えを合わせていく。

やがて、音と自分が一つになった瞬間——


「今だ!」


調律された覚醒波が、波紋となって円陣に触れた。



最初に反応したのは外周の若い兵だった。


「あれ……俺は……?」

剣が草に落ち、彼は頭を押さえる。

「どうして、こんな場所で……」


続いて弓兵が膝をつき、槍兵が肩を震わせる。

「帰りたい……」「家族の顔が——」

無効化機の青が苛立つように明滅し、だが調律はその隙間を縫い続けた。


「効いてる!」

ガルドが息を呑む。

「外周、50は目覚めた!」


そのとき、円陣の中心から怒号。

「攻撃を受けている!出力最大!」


青が刃のように鋭くなった。

刹那針で刺すような激痛が頭蓋の内側を走り、視界が揺れる。


「ぐっ——!」


波が乱れ、逆流が喉元まで迫る。

案内役の声が鋭く響く。

『未知の干渉。通常の抑制に加え、逆位相追尾が起動——適合者に反射の危険』


「太郎様!」

メロディアの指が俺の手を掴む。温かい。


「まだ……いける」


覚醒した敵兵が、仲間の盾を押し下げて叫ぶ。

「やめろ!俺たちは——!」

声は砕け、再び青に呑まれそうになる。


「カイザー、今だ。これ以上は持たない、突っ込んでくれ!」


「了解!全軍、突撃!」


50の影が風となって駆ける。

混線する陣の隙を裂くように、楔が中心へ伸びた。

だが、最後の輪は硬い。あと一歩が遠い。



戦場は渦そのものだった。

覚醒した兵と未覚醒の兵がもみ合い、剣戟の火花が青光を濁す。

無効化機の台座に取りすがる近衛の盾が、壁のように立ち塞がる。


「太郎、もう一回いけるか?」

ガルドが血の付いた剣先で盾列を指す。


「やる」

頭痛は波のようにぶり返す。それでも。


メロディアが俺の手を両手で包む。

「今度は2人で。私が貴方の波を抱き留める」


「暴走したら、君まで——」


「信じています」

恐れではなく、覚悟の色の瞳。


深く吸い、ゆっくり吐く。

自分の輪郭を、一度、捨てる。

音の中へ、心ごと沈む。


「『共鳴解放のフィナーレ』——!」


メロディアの声が高みに跳ね、俺の覚醒波と合わさって巨大な奔流に変わる。

青が悲鳴を上げ、無効化機の表面に蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


一基が爆ぜ、光の破片が昼の森に星雨を降らせた。


「いまだ、押し通れ!」


カイザーの咆哮。

ガルドが割れ目へ剣を突き立て、近衛の盾が弾け飛ぶ。

2基目、3基目——連鎖的に青が墜ちる。


——そこで、限界が来た。


視界が真白に抜け、音が遠のいた。

皮膚の内側が焼けるように痺れ、足元がほどける。


案内役の声が遠い雷のように響く。

『権限昇格の兆候を検知。第三段階へのアクセス——』


途切れる。

最後に届いたのは、メロディアの切羽詰まった叫びだった。


「太郎様!」



柔らかな陽だまりの温度で、意識が引き戻された。

木々の葉が風に揺れ、影が頬を往復する。


「目を覚ましたか」

カイザーの声が落ちてくる。


体を起こすと、仲間たちの顔が輪になっていた。

泥と汗にまみれているのに、笑っている。


「戦いは?」


「勝った」

ガルドが白い歯を見せる。

「無効化機、6基すべて破壊。補給部隊は壊滅、生き残りの大半が覚醒して合流した」


胸の奥で何かがほどけた。

息が少し、甘い。


メロディアが隣に膝をつく。

「太郎様、最後の波……圧巻でした。三百以上、一度に目覚めました」


三百。

俺一人の力じゃない。

歌と、刃と、覚悟が重なって生まれた数だ。


案内役が淡々と報告する。

『敵本隊の進軍速度が低下。補給途絶により、王都到達は2日遅延見込み』


時間を、稼げた。

その間に、各地の灯りが王都へ集まるはずだ。


「でも、まだ終わりじゃない」

立ち上がる膝に、森の土が温かい。


世界管理機構の本隊は健在。

そして——俺の中には、あの白い断絶が残っている。

覚醒能力の暴走。

このまま踏み込めば、戻れなくなる瞬間が来るかもしれない。


敵は次に、どこを狙う?

王都へ雪崩れ込むための別の策は?

創造主の封印も、待ったなしだ。


このまま畳みかけるべきなのか?

王都の防衛線を強化するべきなのか?

封印の調査を優先するべきなのか?


「——ひとまず王都に戻ろう」

夕日が森を琥珀色に染める。

勝利の余熱と、次の戦いの予感を胸に、俺たちは歩き出した。


どうする、田中太郎——。


——続く。

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