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第10話 王都前線チューニング計画

## 第十話 王都前線チューニング計画


 遺跡の大広間に並べられた長机。その上を、戦況図と橙色のゼリーが埋め尽くしていた。三日後に迫る王都決戦。徹夜続きで沈む頭を、甘味と苦い茶で無理やり覚醒させるしかない。


 カイザーが木棒で図面を叩く。

「正面防衛線に投入可能な覚醒者は歩兵換算で千二百。航空戦力はドラゴン一体とグライダー隊三十。数で劣る分は、地形と士気で補うしかない」


 数字を聞いた瞬間、胃が縮んだ。俺のせいで目覚めた人々を、いきなり最前線に送るなんて。だが選択肢はない。ここで俯けば士気が一気に崩れる。


 リーナがゼリーとミント茶を差し出す。もう見たくもないゼリーにうんざりしながらも、俺は受け取った。

「タロウ様、甘味は脳に良いらしいです」


「ありがとう。でも俺、実戦指揮なんて素人だぞ。ゼリーでどうにかなるのかな」


 冗談めかした声に、誰も笑わなかった。空気は張りつめている。


 その中でメロディアが立ち上がり、優雅にハープを抱える。

「士気を維持するなら、歌とリズムです。総動員で行進曲を作りましょう。敵は行進を嫌います」


「……嫌う根拠は?」


「統計的直感です」


 意味不明だ。だが、覚醒直後の群衆をたった一曲で落ち着かせたのも彼女だった。信じてみる価値はある。


 フィンチが古代のタブレットを滑らせてくる。

「世界管理機構の補給隊が円陣を組んでいる。中心に巨大な装置。推定用途は……『感情波無効化機』だ」


 嫌な響きだ。俺の能力は感情の火を広げて相手の枠組みを壊す。それを封じられたら、戦は始まる前に終わる。


 セレスティアが鋭い眼差しを投げかける。

「遺跡に保管されていた周波数調整器を王都へ搬入する。これで感情波を逆位相で打ち消すんだ。あなたに任せたい」


「逆位相……つまり音楽で殴れってこと?」


「正確には魔力位相の共鳴破壊。でも音楽と覚えた方が簡単だろ?」


 俺の勉強嫌いまで知ってるのか。


 メロディアが目を輝かせる。

「太郎様、共鳴破壊行進曲を一緒に作りましょう。題して『王都前線チューニング計画』です」


「名前がもう花火みたいだな」


「第一楽章はクライマックスまでリズムが止まりません。歩兵が転ぶ確率が六倍です」


「味方も転ぶんじゃない?」


「転ばない構え方を一晩で訓練しましょう。ドラゴンも踊れます」


 横でドラゴンが前脚を組み、冷たく念話を送る。

『我は踊らぬ。ただし音程の支援は可能だ』


 本当に俺、ただの音叉役になりつつある。



 午前の会議が終わる頃、案内役の声が脳内に響いた。

『緊急通知。王都から未定義の魔力信号を受信。解析中』


 外へ出ると、紫色の揺らぎがオーロラのように空を覆っていた。その中心から紙片が舞い落ちる。拾うと、奇妙な文字列が並んでいた。


 案内役が翻訳する。

『王都通信団より。放送塔は世界管理機構に掌握され、市民へ「心拍を一定に保て」と強制。違反者は即時拘束』


「感情を消せ、ってことか……」


 さらに案内役が続ける。

『放送塔は4基。1本は王城屋根、3本は地下から街路へ』


 カイザーが腕を組む。

「破壊するなら潜入が必要だ」


「俺が行く」口が先に動いた。


 会議室がざわめき、リーナが袖を掴む。

「危険です!タロウ様までいなくなったら……」


「でも、王都の人たちが感情を奪われたままじゃ意味がない」


 メロディアが頷く。

「歌は届くだけじゃ足りません。耳を塞がれたら終わりです。私も行きます」


 フィンチが制御盤の位置を示す。

「三本の地下塔はキッチン街、劇場街、下水道博物館を貫いている」


「……下水道に博物館?」


「ある」


 セレスティアが沈黙ののち告げた。

「現地に旧友がいる。情報屋フーガ。合流できれば案内役になる」


 本当に、王都へ行くしかない。



 夕刻。ドラゴンの背で王都郊外へ滑空する。俺とメロディア、護衛にガルド。リーナは涙目で見送った。


 王都劇場の屋根に着地。大道具倉庫を抜け、地下水路へ潜る。石壁には古代魔法の罠が仕込まれていた。


「解除できるか?」


「やってみる」


 脳内のサポートどおりに掌を石壁に添え、魔力の糸を周波数でずらす。罠の光がすっと消えた。


「解除成功」


 闇の中、低いラの音が三度響く。フーガの合図だ。


 角を抜けると、楽譜ピンを挿した女性がランタンを掲げていた。

「あなたが太郎ね。王都での呼び名は『感情バズーカ』よ」


「バズーカ……物騒すぎない?」


「今は笑っておきなさい。放送塔を抑えれば、好きな曲で市民を解放できる」



 制御室に到達した瞬間、息が詰まるほどの緊張が走った。


 壁一面を覆う水晶盤が、かすかな脈動を刻み、青白い共鳴石が中央で不気味に光っている。その光はただの輝きではなく、胸を締め付ける抑制波そのものだった。近づくたびに心拍が乱れ、感情が削がれていく。まるで、自分が自分でなくなっていくような恐怖。


 案内役が冷徹に告げる。

『半径二百メートルで感情抑制。長時間の暴露は推奨されません』


 俺は迷わず石へ手を伸ばした。掌に伝わるのは冷たい鼓動。まるで氷の刃が血管を逆流してくるような感覚だ。意識が揺らぎ、膝が折れそうになる。


「太郎様!」

 メロディアの声が飛んでくる。だが、俺は耳を塞ぐように集中し、共鳴石のリズムを少しずつずらしていった。わずかな位相の差が、破壊の波を生む。隣でメロディアが歌声を重ねると、青い光がかすかに揺らいだ。


 その刹那、外から怒号が響く。

「侵入者だ!感情抑制を最大出力に上げろ!」


 重い扉が叩き破られ、世界管理機構の兵士たちが怒涛のようになだれ込む。

 ガルドが剣を抜き、怒号とともに立ちはだかった。

「来るなら来い! ここは通させん!」


 だがその混乱の最中、共鳴石が反撃を始めた。俺の頭に、幻影が直接流れ込んでくる。

 教室で孤立する自分。笑いものにされる姿。

「お前はNPCだ。物語の端役にすぎない」

 声が嘲り、視界が赤黒く染まる。胸の奥で「諦めろ」という誘惑が膨れ上がる。


「……ふざけるな」

 俺は唇を噛み、幻影に向かって叫んだ。

「俺は端役でもいい! ここで仲間を守れるなら、それが俺の役割だ!」


 その瞬間、突入してきた兵士の一人が剣を落とした。

「な、なんだ……胸が……熱い……!」

 彼の瞳に光が戻る。

「俺は……誰と戦っていた……?」


 敵の中から生まれた揺らぎが、逆位相の波を一気に増幅させた。共鳴石の青が悲鳴を上げるように明滅し、壁の水晶盤が次々と火花を散らす。


 俺の頭は熱に焼かれ、視界が白く弾けた。

 押し込められていた王都の泣き声、笑い声、怒鳴り声が、一気に雪崩れ込んでくる。感情の奔流だ。


「今です!」

 メロディアが最後の和音を叩き込む。

「解放のカデンツァ!」


 共鳴石が砕け散り、虹色の火花が制御室を埋め尽くした。

 衝撃波が扉を吹き飛ばし、突入していた兵士たちも床に崩れ落ちる。


「……胸が……熱い……」

 彼らが次々と膝をつき、涙を流す。兵士の鎧が金属の響きを立てながら、次々と床に落ちていった。


 静寂を破ったのは、案内役の朗々とした声だった。

『王都放送塔の奪還を確認。全市民の感情抑制を解除しました』


 俺は大きく息を吐き、共鳴石から手を離した。腕には淡く光る刻印が浮かんでいる。システムに深く触れすぎた代償。だが、不思議と後悔はなかった。


 メロディアがそっと囁く。

「太郎様……王都の人々が、また歌い始めています」


 遠くから、街のざわめきが届く。泣き声、笑い声、歌声が重なり合い、ひとつの大きな旋律になって夜空へ昇っていく。

 胸の奥がじんわりと熱くなった。



 紫の揺らぎは消え、王都に灯りが弾けていた。人々は抱き合い、鍋の蓋を叩き、誰かが「振り向くなドラゴン」を歌い出す。


 セレスティアから通信。

「塔を落としたおかげで、市民は覚醒しやすくなった」


 だが案内役が警告を放つ。

『敵本隊の進軍速度が上昇。到達は予定より半日早い可能性』


 カイザーが唸る。

「準備が間に合わん」


 俺は夜空を見上げた。


 王都で迎撃陣を敷くか。敵補給線を叩き、時間を稼ぐか。


 どちらも未来を左右する大博打だ。


 どうする、田中太郎――。

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