表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/19

第10話 王都前線チューニング計画

 遺跡の大広間に並べられた長机。その上を、戦況図と橙色のゼリーが埋め尽くしていた。三日後に迫る王都決戦。徹夜続きで沈む頭を、甘味と苦い茶で無理やり覚醒させるしかない。


 カイザーが木棒で図面を叩く。

「正面防衛線に投入可能な覚醒者は歩兵換算で千二百。航空戦力はドラゴン一体とグライダー隊三十。数で劣る分は、地形と士気で補うしかありません」


 数字を聞いた瞬間、胃が縮んだ。俺のせいで目覚めた人々を、いきなり最前線に送るなんて。だが選択肢はない。ここで俯けば士気が一気に崩れる。


 リーナがゼリーとミント茶を差し出す。もう見たくもないゼリーにうんざりしながらも、俺は受け取った。

「タロウ様、甘味は脳に良いらしいです」


「ありがとう。でも俺、実戦指揮なんて素人だぞ。ゼリーでどうにかなるのかな」


 冗談めかした声に、誰も笑わなかった。空気は張りつめている。


 その中でメロディアが立ち上がり、優雅にハープを抱える。

「士気を維持するなら、歌とリズムです。総動員で行進曲を作りましょう。敵は行進を嫌います」


「……嫌う根拠は?」


「統計的直感です」


 意味不明だ。だが、覚醒直後の群衆をたった一曲で落ち着かせたのも彼女だった。信じてみる価値はある。


 フィンチが古代のタブレットを滑らせてくる。

「世界管理機構の補給隊が円陣を組んでいる。中心に巨大な装置。推定用途は……『感情波無効化機』だ」


 嫌な響きだ。俺の能力は感情の火を広げて相手の枠組みを壊す。それを封じられたら、戦は始まる前に終わる。


 セレスティアが鋭い眼差しを投げかける。

「遺跡に保管されていた周波数調整器を王都へ搬入する。これで感情波を逆位相で打ち消すんだ。あなたに任せたい」


「逆位相……つまり音楽で殴れってこと?」


「正確には魔力位相の共鳴破壊。でも音楽と覚えた方が簡単だろ?」


 俺の勉強嫌いまで知ってるのか。


 メロディアが目を輝かせる。

「タロウ様、共鳴破壊行進曲を一緒に作りましょう。題して『王都前線チューニング計画』です」


「名前がもう花火みたいだな」


「第一楽章はクライマックスまでリズムが止まりません。歩兵が転ぶ確率が六倍です」


「味方も転ぶんじゃない?」


「転ばない構え方を一晩で訓練しましょう。ドラゴンも踊れます」


 横でドラゴンが前脚を組み、冷たく念話を送る。

『我は踊らぬ。ただし音程の支援は可能だ』


 本当に俺、ただの音叉役になりつつある。



 午前の会議が終わる頃、案内役の声が脳内に響いた。

『緊急通知。王都から未定義の魔力信号を受信。解析中』


 外へ出ると、紫色の揺らぎがオーロラのように空を覆っていた。その中心から紙片が舞い落ちる。拾うと、奇妙な文字列が並んでいた。


 案内役が翻訳する。

『王都通信団より。放送塔は世界管理機構に掌握され、市民へ「心拍を一定に保て」と強制。違反者は即時拘束』


「感情を消せ、ってことか……」


 さらに案内役が続ける。

『放送塔は4基。1本は王城屋根、3本は地下から街路へ』


 カイザーが腕を組む。

「破壊するなら潜入が必要です」


「俺が行く」口が先に動いた。


 会議室がざわめき、リーナが袖を掴む。

「危険です!タロウ様までいなくなったら……」


「でも、王都の人たちが感情を奪われたままじゃ意味がない」


 メロディアが頷く。

「歌は届くだけじゃ足りません。耳を塞がれたら終わりです。私も行きます」


 フィンチが制御盤の位置を示す。

「三本の地下塔はキッチン街、劇場街、下水道博物館を貫いている」


「……下水道に博物館?」


「ある」


 ガルドが沈黙ののち告げた。

「現地に旧友がいる。情報屋フーガ。合流できれば案内役になる」


 本当に、王都へ行くしかない。



 夕刻。ドラゴンの背で王都郊外へ滑空する。俺とメロディア、護衛兼仲介役にガルド。リーナは涙をこらえきれず、震える声で見送ってくれた。


 王都劇場の屋根に着地。大道具倉庫を抜け、地下水路へ潜る。石壁には古代魔法の罠が仕込まれていた。


「タロウ、解除できそうか?」


「やってみます」


 脳内のサポートどおりに掌を石壁に添え、魔力の糸を微妙に調律する。光がふっと消えた。


「解除、成功しました」


「さすがだ」


 闇の中、低いラの音が三度響く。仲間の合図――フーガだ。


 角を抜けると、楽譜ピンを挿した女性がランタンを掲げていた。


「ガルド……本当にあなたなのね。生きていると噂で聞いてはいたけど」


「すまない、心配を掛けた。今はタロウと行動を共にしている」


 彼女は小さく笑い、すぐ真顔に戻る。


「そう、あなたが噂の……よろしくね。本当はゆっくり話したいけれど、時間がないの。このまま目的地へ向かいましょう」


「よろしくお願いします」



 制御室へは意外なほどあっけなく着いた。おそらく、この通路の存在を世界管理機構は把握していないのだろう。


 だが扉を抜けた瞬間、胸を締めつけるような緊張が走る。


 壁一面を覆う水晶盤がかすかに脈動し、中央の共鳴石が青白い光を放っていた。その輝きは単なる光ではない。近づくだけで心拍が乱れ、思考が凍りつく。自分が自分でなくなっていく感覚に背筋が冷える。


 案内役が淡々と告げる。

『半径二百メートルで感情抑制。長時間の暴露は推奨されません』


 俺はためらわず石へ手を伸ばした。掌に伝わるのは冷たい鼓動。氷の刃が血管を逆流してくるような感覚に、意識が揺らぎ膝が折れかけた。


「タロウ様!」

 メロディアの声が飛んでくる。だが俺は耳を塞ぐように集中し、共鳴石のリズムを少しずつずらしていった。わずかな位相差が、破壊の波を生む。隣でメロディアの歌が重なると、青い光がわずかに揺らいだ。


 その刹那、制御室の外から怒号が響いた。

「侵入者だ! 装置を最大出力に上げろ!」


 重い扉が叩き破られ、兵士たちが怒涛のようになだれ込む。ガルドが剣を抜き、吠える。

「来るなら来い! ここは通させん!」


 だが混乱の中で、共鳴石が反撃を始めた。頭に幻影が直接流れ込む。

 教室で孤立する自分。笑いものにされる姿。

『お前はNPCだ。物語の端役にすぎない』

 嘲りの声とともに視界が赤黒く染まり、「諦めろ」という誘惑が胸を締めつける。


「……ふざけるな」

 唇を噛み、俺は幻影に叫ぶ。

「端役でもいい! 仲間を守れるなら、それが俺の役割だ!」


 その叫びが波を逆転させた。突入した兵士の一人が剣を落とし、胸を押さえて呻く。

「な、なんだ……胸が……熱い……!」

 瞳に光が戻り、呟く。

「俺は……誰と戦っていた……?」


 揺らぎは連鎖した。共鳴石が青く明滅し、水晶盤が次々と火花を散らす。

 熱が頭を焼き、視界が白く弾ける。押し込められていた王都の泣き声や笑い声が、一気に雪崩れ込んできた。感情の奔流だ。


「今です!」

 メロディアが最後の和音を叩き込む。

「解放のカデンツァ!」


 共鳴石が砕け散り、虹色の火花が制御室を埋め尽くした。衝撃波が扉を吹き飛ばし、突入していた兵士たちが次々と床へ崩れ落ちる。


「……胸が……熱い……」

 一人の兵士が嗚咽を漏らし、膝をついた。その涙が波のように広がり、鎧の落ちる音が制御室を満たしていく。


 静寂を破ったのは、案内役の冷徹な報告だった。

『王都放送塔の奪還を確認。全市民の感情抑制を解除しました』


 俺は大きく息を吐き、共鳴石から手を離した。腕には淡い刻印が浮かんでいる。深く触れすぎた代償――だが、後悔はなかった。


 メロディアが囁く。

「タロウ様……王都の人々が、また歌い始めています」


 遠くから街のざわめきが届く。泣き声、笑い声、歌声が重なり合い、やがてひとつの大きな旋律となって夜空へ昇っていった。



 紫の揺らぎは消え、王都に灯りが弾けていた。人々は抱き合い、鍋の蓋を叩き、誰かが古い解放の歌を口にする。


 セレスティアから通信が入る。

「塔を落としたおかげで、市民は覚醒しやすくなった」


 だが次の瞬間、案内役の冷たい声が俺に告げた。

『敵本隊の進軍速度が上昇。外郭到達は予定より半日早い可能性』


 俺はその報告を仲間に伝える。

 カイザーが低く唸った。

「準備が間に合わない」


 俺は夜空を仰いだ。

 ――王都に迎撃陣を敷くか。だが市街を戦場にすれば被害は避けられない。

 ――あるいは敵の補給線を叩き、時間を稼ぐか。だが失敗すれば一気に押し潰される。


 どちらを選んでも、未来を左右する大博打だった。


 どうする、田中太郎――。


——続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ