古木産業中興顛末記
頂いたお題「古木・黒・物干し」から着想を得て書いてみました。
古木産業の会議室は重苦しい空気に包まれていた。
出ないのだ。とにかくアイデアが出ない。
社員総出で2時間籠もっているが一向に良案は出てこない。
「タバコ…」
歳は30を過ぎた頃か。
さっぱりとした短髪の頭を搔きながら洗濯の積み重ねですっかり生地が薄くなった作業服に身を包んだ男がそっと席を立とうとした。
「ダメだ。」
部屋の西奥に置かれたホワイトボードの前に陣取って議事役を負っていた男が不機嫌そうに吐く。
「さっきからタバコだの便所だの…理由をつけて外に出てはなかなか戻ってこない。その無駄な時間を発案に回せ。」
逃げ損ねた男は、いかにも困ったというように眉を八の字に曲げ言った。
「だって社長…物干し竿の有効利用ったって…ありゃ物干す以外に使い途はありませんぜ…。」
その発言に社長以外の社員一同は深くうなずいた。
物干し竿。
古木産業の創業以来の主力製品であり、現在も利益のほとんどを賄っている。
その唯一とも言っていい飯のタネの売れ行きが近年振るわないのだ。
原因は乾燥機能つきの洗濯機の登場だ。
物干しの手間のみならず、自らの洗濯物を人目にさらすリスクも取り除いてくれるこの神製品に人々が流れていくのも無理からぬこと。
古木産業も公式SNSアカウントで「日光による浄化」を盛んに謳ったもののさしたる効果は見えない。
人々は物干し竿を買わなくなった。
余りに需要が減ってしまって、現在では2日に1日工場を稼働させれば十分注文数を満たせた。
このままでは減給だけでは追いつかず、余剰の労働力を切っていかなければならない。
そんなこんなで古木産業では2日に1日は午後を丸々使って社員総出で販促アイデアをひねり出していたのだ。
しかし、いくら時間を使ったところで物干し竿を売り込むアイデアは出てこない。
「わかってはいる。わかってはいるが他にやりようも無いだろう…。」
パイプ椅子に力なく座りながら社長も眉を八の字に曲げてうつむいた。
この会議ももう8回目。いまのところ何の収穫も無い。
「あんな長いだけの棒…何に使えるって言うんです?槍代わりにしてチャンバラするくらいしか…」
一人の社員がなげやりに言った。
腕組みをしながら座っていた社長の眉がぴくりと動き、すっくと立ち上がった。
「す、すみません…。」
怒られると思ったなげやり社員の言葉を遮り社長が言った。
「それだ…それだよ。」
社員たちは顔を見合わせる。
「物干し竿を使った本格派チャンバラ!これを世の中に流行らせるんだよ!!これしかない!」
ついに社長がおかしくなった。
その場にいた多くの社員はそう思った。
しかし社長の言うことには逆らえない。
そして他にすることもない。
この地獄の会議につきあうくらいならチャンバラしていたほうがマシなのだ。
結局、翌日チャンバラゲームをすることとなった。
設計+営業+総務の事務所チームvs製造チームの10対10の戦いだ。
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翌朝、古木産業の駐車場には20人の武装した男たちと社長と事務のたまちゃんが集っていた。
各々、物干し竿で殴られても怪我をしない程度の装備を自前で用意してきた。
フルフェイスのヘルメットや厚手のライダージャケットを持ってきた者もいれば、軍手を2枚重ねただけの者もいた。
タバコの男は段ボールで自作の鎧を作り着込んでいた。
鎧はスプレーで黒く塗られていたため仲間から「黒騎士」の称号を得た。
割とこういうのが好きだったのだ。
事務のたまちゃんは女性だからということでこの合戦から外されていた。
普段、男の職場で女性扱いされたがらないたまちゃんも、今日だけは女で産んでくれたことを両親に感謝した。
製造チームは全員、自転車に乗っていた。
つまり騎兵ということだ。
「いいか、事務所の連中に一泡吹かせるんだ。」
製造部長からの厳命であった。
セクションの対立はどの世界でも起こりうる。
こんなささいな争いであっても負けたくないのだ。
なげやり社員が不平を漏らす。
「自転車なんて用意してませんよ…不公平じゃないですか?」
「いまだかつて…戦場が公平だったことなど無い。」
社長は毅然として答えた。
良い眼をしてやがる…。
なげやりは引き下がった。
「では各人この紙風船を頭につけろ。これを割られたら失格だ。二手にわかれて距離をとれ。10分後に戦闘開始だ。それまでは作戦タイムとする。」
「どうするんです。」
なげやりは設計課長に聞いた。
「自転車で突っ込んでこられたらかなり不利ですよ。」
設計課長は眼鏡のブリッジに人差し指をあて、クイッとあげると言った。
「心配するな。策はある。」
普段、死んだ表情で仕事をしている課長の目に魂が宿っていた。
「時間だ。それでは…はじめぃぃぃっ!!!」
社長の号令がかかる。
両チームともに一箇所に集まり動かない。
お互い相手の出方を見ていたのだ。
ふと、タバコの黒騎士がペダルを数回転させて前に出る。
「遠からん者は音にも聞け!!近くば寄って目にも見よ!!」
いつか見た時代劇の名乗りを人生で一度やってみたかったのである。
「これこそは六十余州に名の渡る古木産業製造部直参旗本!田場光太郎十兵衛三厳!!」
柳生十兵衛ファンでもあった。
「我こそはと言うものあらば立ち会えいぃぃ!!」
余りに大きい声を出したためか、タバコで弱くなった眼球毛細血管が切れ、光太郎の目は朱に染った。
片手にはハンドル、片手には物干し竿、額には紙風船、全身に段ボールでこしらえた鎧をまとい血眼で睨むその姿はまさに悪鬼。
事務所チームの面々は素直におののき、唯一の得物である物干し竿をぎゅっと握りしめた。
製造チームは、やんややんやとはやしたてた。
「ふん!!取るにたらぬ雑魚どもめ!!腰を抜かしたと見える!!」
そう吐き捨てると
「どらぁぁぁぁあああ!!!」
と怒号をあげて光太郎はペダルをこぎ始める。
10m、20mと進み、ママチャリはトップスピードの30km/時を超え事務所チームへと突進する。
「構ええええええい!!!!」
不意に設計課長が叫ぶ。
「フゥーーーぁ!!!」
事務所チームは全霊で応えつつ、前列は片膝をつき物干し竿の片方を地面にあて、もう片方を悪鬼に向ける。後列はガニ股で踏ん張り衝撃に備え、同じく物干し竿を前方に向けた。
幾本もの物干し竿が織りなす見事な槍衾が瞬時に完成したのだ。
事務所チームの面々は課長の言葉を思い出した。
「我が社の物干し竿は無駄に頑丈だ。仮に大人1人が30km/時程度でぶつかってきても十分支えうる。わたしが設計したのだ。間違いない。姑息な連中をたたき潰してやる。」
自信満々にそう言ってはいたが試したことなど一度も無い。今は課長の言葉を信じるのみである。
眼前に突如完成した物干し竿の針山に一瞬ひるみはしたものの
「猪口才な!!!」
と一喝し、黒騎士は突進を続けた。
黒騎士の身体と物干し竿が触れた刹那、彼は高く空中へ投げ出された。
棒高跳びの要領でふっとんだのである。
主を失ったママチャリは槍衾前列にいたなげやりにぶつかり、彼の額の紙風船を破った。
どさっと背中から地面に落ちた直参旗本、田場光太郎十兵衛三厳はぐぅっと音をあげると動かなくなった。
「ちぇすとぉ!!」
即座に設計課長が額の紙風船をたたき割る。
事務所チームにどっっと歓声が巻き起こる。
物干し竿は自転車に勝るのだ。
「弔い合戦じゃぁぁぁああ!!」
これを見ていた製造部長の怒声が響く。
「しかし部長!敵陣は強固!自転車では歯がたちませぬ!!」
部長はギリギリと歯噛み
「ええい!!下馬戦闘用意!!横陣を組め!」
一同は自転車から降りてスタンドを立て、横一列に並んで物干し竿を構えた。
「進めい!!」
製造チームが前進を始める。
「竜騎兵か!受けて立つ!!」
設計課長も鼻息荒くチームに横陣を組ませた。
物干し竿をかまえた両チームがじりじりと迫り合う。
槍合わせである。
初めは相手の竿を弾いてできた隙をつき額の紙風船をつついていたが、次第に興奮して最後は物干し竿での殴り合いになっていた。
「事務所でぬくぬく過ごしやがって!!」
「営業の気苦労知らねえだろうが!!」
私情も混じり合った乱戦となった。
紙風船なんてとっくに破れていた。
たまちゃんは少し離れたところでおろおろしていたが、社長はこの合戦を…男たちの熱い戦いを涙無しでは見ていられなかった。
日頃、無気力に物干し竿を生産するだけの社員たちをここまで熱く奮い立たせるとは…物干し竿チャンバラ恐るべし!!
社長はこの新たな遊戯に、いや新たな「道」に成功の確信を得ていた。
「諸君!!我々はついに得たのだ!!」
社長は涙でぐちゃぐちゃになった顔で叫びながらうかつに乱戦に近づき、物干し竿であごを殴られ昏倒した。
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「こら!!やめなさい!!離れなさい!!私闘は禁止されているんだぞ!!」
けたたましく警笛を鳴らしながら、突如として乱入してきた十数人の警察官たち。
近隣住民からの通報があったのだ。
「怪我人もいるぞ!救急車を呼べ!!」
「やめなさい!!全員、棒をおいてその場でうつぶせになりなさい!!」
警察官は必死に制止したものの、合戦はおさまるどころか「しゃらくせえ!!」とばかりに社員たちは警察官に殴りかかり、揉みくちゃの大乱闘となった。
一度はずれたタガは簡単には元に戻らないのである。
その後、50人を超える警官が増援に駆けつけ、荒くれどもを取り締まった。
たまちゃんと光太郎を除く、社長含めた社員全員が何かしらの法に抵触したと見なされてしょっぴかれ、古木産業は1ヶ月ほどの休業を余儀なくされた。
光太郎は肋骨を折って1ヶ月入院した。
たまちゃんは1ヶ月婚活に励んだ。
合戦と乱闘の様子は隠し撮りされており、SNSで拡散され「令和の関ヶ原」と銘打たれニュースにもなった。
結果としてSNSで「警棒より強い」と評判を呼んだ物干し竿は、警備会社や民間軍事会社、各地の小中学校からの受注が相次ぎ、操業を再開した古木産業は久々の繁忙期をむかえ、光太郎には労災が適用され、たまちゃんは寿退社することとなった。
めでたし
めでたし