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天狗の隠れ蓑

 これは、私が盆休みに祖父母の家で体験したことである。

 私の母方の実家の庭には《天狗の隠れ蓑》と呼ばれる白ぼけた一本の木が生えている。祖父母や両親、従兄弟に叔父叔母はもとよりその他の遠縁の親戚に至るまで実家に集う全ての人がそう呼んでいたからそういう名前なのだと思っていたが、どうやら違うらしく、しかし、本当の名前は誰一人として知らなかったので、結局なんの木だったのかは分からずじまいになってしまっている。友人は葉の形から柿の木だろうと言ってはいたが、私は生まれてこの方、件の木に実がなっているのを見たことがない。それは祖父母や両親、従兄弟に叔父叔母はもとよりその他の遠縁の親戚に至るまで実家に集う全ての人も同じだった。では、枯れているのかというと、そうではないらしい。しかし、実はならない。緑の葉はぎっしりと茂っているのだが、なぜか実がならない。不思議なものだと思いながら縁側に腰掛け、件の木を見ていると、都市部で暮らす叔父叔母と従姉妹たちがやってきた。私はいつも通りに小学生の従姉妹ふたりとゲームをしたり川で魚釣りをして遊んだあと、大学三年になる従姉妹には就活についてアドバイスをし、高校生になる三姉妹からの思春期特有のセンシティブな相談に乗った。それが従姉妹の中で一番年上の私に課せられた使命で、自由時間は夕方の僅か一時間だけだった。お姉さんは辛いなと思いながら二階に上がり、ピアノの部屋のさらに奥にある《博物館》と呼んでいる物置部屋のソファに腰を下ろす。ここは私たち従姉妹の秘密基地で、私がゆっくりできる唯一の場所でもあった。目の前に水平に連なる窓の向こうに件の木が見える。しばらくぼうっとしていると目の前を一匹の猫が横切った。祖父母は野良猫に餌を与えたり寝床を用意したりしていたので、この家は近所でも有名な猫屋敷だった。なので、どんな時でも一、二匹は家の中を我が物顔で闊歩している。法事の時にやってくるおっさまの読経を黙って聞くような信心深い猫もいるが、大抵は可愛い顔や仕草をすればなんとかなると思っているような太々しい猫たちばかりだ。しかし、そんな猫たちでも二階に上がることはない。理由は分からないが、とにかく上がりたがらないのだ。だから、二階にいるのは珍しいなと思っていると、いつの間にか猫はいなくなっていて、代わりに古びた冊子が落ちていた。なんだろうと思い拾い上げるとそれは、祖母の父親、つまり私の曽祖父の日記だった。曽祖父は祖母が産まれてすぐにスペイン風邪でこの世を去っており、祖父母はもとより私たちも古い写真風肖像画でしか見たことがなかったので、その人となりを知れると思い、嬉々としてページを捲った。他愛のないことが達筆な字で記されていたが、最後のページ、曽祖父が他界する日の日記に件の木についての記述があった。それによると、件の木は柿の木であり、曽祖父の祖父がこの地に住み着いた時からあるのだという。そして、木には天狗が住んでおり、この家を見守ってくれているのだという。柿がならないのはその対価として天狗に渡っているからだという。私はなるほどなと思い、日記を閉じた。ふと、視界の端に白い影が踊っているのが見えた。視線を動かすと、件の木の一番太い枝の上で高下駄を履き烏帽子を被ったステレオタイプな天狗のシルエットが踊っていた。ふと、母の甲高い声が私を呼ぶ。夕飯の時間だ。私が返事をすると、白い影も曽祖父の日記も綺麗さっぱり無くなっていた。

 それ以来、私は白い影も曽祖父の日記も見つけられずにいる。件の木は、天狗の隠れ蓑は今も祖父母の家の庭で葉をぎっしりと茂らせている。

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