E6 シア・ハート・アタック
今の日本は、人口減少の波に圧される形で、限定的ではあるが児童労働を許可している。1日4時間が限度だが、時給の高いところで働けば社会人だったときと同じ額稼げてもおかしくない。
と、考えておいて、ライデンは自嘲気味にフッと笑う。
(無能過ぎて会社クビになったヤツなんか、子どもの姿でもどこも雇わないか。あーあ。それが叶うことなら、守原さんのいる〝ウィザードリー〟で働いてみたいけどな)
「ライナちゃん、まだお風呂入るの? 逆上せちゃうよ?」
「あ、はい。すぐ出ます」
風呂場の向こうから声がした。仕方ないので、バスタオルで身体を包み、用意されていた子ども用のパジャマに着替える。鏡を見ると、やはり人形のように美しい少女がそこにいる。この姿になれる必要がある、と再認識したのだった。
洗面所より4畳半に戻ると、そこにはすでに、タバコをくわえながらパックの焼酎を飲む守原美夢がいた。テレビをつけているが、それは見ておらず、スマホを眺めながら心底楽しそうな表情で、酒とタバコに酔いしれていた。
(臭いなぁ)
「守原さんも入ったらどうですか?」
「あたし? あー、確かに! 風呂キャンセルはしないよ! てか、あたしのことは美夢って呼んでよ! こっちもライナちゃんって呼んでるんだし!!」
「そ、そうですか。なら、美夢さん」
「いぇーい!! お風呂行ってくるね!!」
スキップしながら風呂へ向かっていった。一瞬焼酎のパックを持ってみたが、もう半分なくなっている。そのまま口をつけて飲んでいたのも相まって、酒が大好きなのは間違いない。
「さて……」
さすが、子どもを相手していると思い込んでいるだけあって、スマホすらスリープモードに入っていなかった。これは良いと、ライデンは彼女のスマホを閲覧する。
「なんか良い情報ないかな」
散らかった部屋とは対照的に、アプリ欄はきれいにファイル分けされていた。オン・オフの切り替えがうまいヒトなのだろう、と好意的に解釈しておこう。
(まぁ、ウィザードリーの社内用のアプリは、全部ロックかかっているだろうな。となれば……あれ?)
ベッドに座り壁にもたれていたはずが、いつの間にか寝転がっていた。疲れたからとか、見た目の年齢通りオネムの時間だからとも思えない。なにか、嫌な予感がする。
「起き上がれない……」
スマホを手で持つこともできないくらい、身体が痺れ始めた。なにか異物が混入してくるような、そういう感覚だった。
「もしかして、さっきの、カレーが?」
呼吸数もまばらになってきた。不快感が身体の五臓六腑と脳を駆け巡る。ただ嘔吐感や頭痛はない。心臓はバクバクと動いているが、なんとなく眠れそうな気もした。
「もう、寝ちゃうか」
こうなると、なにかできるとも思えない。ライデンは眠ってしまうのだった。
*
(……重たい)
何者かに抱きつかれている感覚で、目を覚ました。目の前にはタバコの吸い殻が山盛りになっていて、匂いが鼻を苦しめる。寝返りを打てないほどの拘束力なので、推測を立ててみる。
(多分、守原さん──いや、美夢さんがおれを抱きしめているな。しかし、なんだ。この馬鹿力。いや、おれの腕力が弱まっているだけか)
もう一度寝てしまおうかと思ったが、どうも目が覚めてしまってそれができない。時刻は朝の9時。相当な時間眠ったはずなので、当然ではある。
(つか、9時にもなったら出社の準備を、と思ったけどきょう土曜日か)
隣で寝息、ではなくいびきをかきながら、守原は頑なに眠る。面倒だ。
(身体に力が込められればなぁ。少し入れられるだけで良いのに)
と思った瞬間、
不思議と、腕に力がみなぎってきた。ライデンはそのまま守原の腕を握り、その手をそっとどかしたのだった。