E4 紫色のカレー
「そういえば、お腹すいたな~って言ってたわよね? なにか作ってあげましょうか?」
守原は台所へ向かいながら、スマホを手に取る。冷蔵庫には、酒の缶と賞味期限が曖昧な(おそらく腐っているであろう)卵と、これまた数年前に期限切れしていそうな調味料だけだった。
なので、おそらく宅配注文を考えているのだろう。しかし、別のことを思いついたのか、急に目を輝かせた。
「そうだ! 私の特製カレーはどう?」
「えっと……」
カレーというと、一般的には美味しいものだ。ただし、この部屋の惨状を見る限り、守原の料理の腕前には不安しかない。しかも『特製』という言葉が付いているのも怪しい。
「遠慮します。お腹、そんなに空いていませんから」
もう取り繕う余裕もない。手をブンブン横に振って、拒絶のサインを出す。
「もう、遠慮することないわよ。私のカレーって、結構評判なのよ?」
守原は意気揚々と言うが、誰に評判が良いのだろうか。タバコの匂いと酒臭さを消し去った部屋には、まだ料理の匂いが一切しない。自炊していないのは明らかだ。
「あの、本当に──」
「さぁ、ちょっと待っててね♪」
守原は軽快な足取りで台所へ向かい、鍋を取り出し始めた。もはや止められそうにない。
(なんで、こんなことになっているんだ……)
ライデンは深いため息をつく。そもそも、なぜ自分がこんな姿になってしまったのか。そして、このデバイスの正体は一体……。
突如、守原の声が響く。
「ライナちゃん、できたわよ!」
仕方なく台所へ向かうと、守原がなにやら不思議な色をした液体を鍋に注いでいた。それは紫色に輝いており、明らかに普通のカレーではない。
「これが私特製の魔法カレーよ! 魔力増強効果があるの!」
(やっぱり、怪しいものだった……)
まさか、これを食べろと? 紫色のカレーなんて、聞いたことも見たこともないぞ? ライデンは後悔するが、もう助からない。儚い人生だった、と辞世の句でも詠んでおこう。
「さぁ、召し上がれ!!」
「あ、はい……」
スプーンを渡され、ベッド近くの机の上に置かれたカレーを、恐る恐る口にする。
結果、
味は、意外と悪くなかった……。なぜだ? あんなものを入れておいて、なぜ味がまともなのだろう。だいたい、あれの正体はなんだ。ひょっとして本当に、魔力を増強するだけの効果があるのか? いや、そんなものがあればライデンだって好き好んで買っているはずだ。いよいよ分からなくなってきた。
「どう? 美味しい?」
「あっ、はい。美味しいです。見たことない色だったので、正直怖かったですけど」
「だってそれ、私〝特製〟の魔力増強剤が入っているんだもの」
「あぁ、それで特製と」
「そういうことよ。でも、私にはこれ以上の魔力は必要ないから、作るだけ作って放っておいたんだけど……お口にあって良かったわ」
消費期限とかを気にしたら負けだ。多分、腹を下すくらいで済んでくれると信じよう。
それにしても、空腹なのも相まって意外と食べられる。レトルトカレーにパックご飯と変な増強剤が入っているだけなのに、食べ盛りの子どものように──いや、今のライデンは子どもの姿。もしかしたら、身体を成長させるために栄養を求めているのかもしれない。
「ごちそうさまでした~」
「お粗末様でした。さて、ライナちゃん。いっしょにお風呂、入りましょうか」
(は?)
「え?」
「もう20時よ? 子どもは早くお風呂入って、早く眠ることが大事だわ」
一理はある。だけど、さすがに中身28歳男性が、若い女性と一緒に湯船に浸かるのはいかがなものか。恋人関係なら分かるが、今のライデンはいわば守原を騙しているのだから。
というわけで、
「いや、ひとりで入りますよ。色々お世話になっちゃって、すみません」