玉座の道化師
王国ヴァルネリアは、千年の歴史を誇る文明国家である。精緻な法体系、強固な軍事力、文化と学問の中心地として名を馳せていた。が、そんな輝かしい歴史に突如現れたのがリオネル九世である。
即位式の日、空は異常なまでの快晴だった。まるで天が彼の即位を祝っているかのように。しかし、それはたぶん気象の偶然である。
王宮前広場には五万人が詰めかけ、国の未来を見守っていた。祝賀の音楽が鳴り響く中、銀の馬車から降り立ったのは、奇妙な格好をした青年だった。クラウンスーツのような金ぴかの装束に、左右で色違いの靴、そして何故か手にはタマゴサンド。
「……国王陛下、タマゴサンドはお控えください」と近侍が耳打ちする。
「いや、腹が減っては治められぬって言うだろ? これ、めっちゃうまいぞ。食うか?」
即位演説の時間になっても、彼は壇上でサンドイッチを食べ終わるまでマイクの前に立たなかった。ようやく立ち上がると、彼は国民に向かって堂々とこう宣言した。
「えー……これからは、好きに生きていいぞ!」
群衆は沈黙した。演説はそれで終わった。
初の政策会議。リオネル九世は重臣たちを見回し、ニヤリと笑った。
「まずさ、国ってなんで難しいことばっかしてんの?」
誰も答えられなかった。
「俺、考えたんだよね。税金、やめよっか?」
「では王の財政は……?」
「募金っていうのがあるじゃん? あれでいこうぜ!」
こうして始まったのが「自発的納税制度」。民からの寄付で国家運営をするという前代未聞の体制である。当然、誰も払わなかった。が、リオネルは満足げだった。
「民が払いたくなる国にする、それが俺のチャレンジ!」
彼は「王のチャレンジ」と題してTikTokアカウントを開設し、政策のすべてをショート動画で発表するようになった。最初の動画は『新国歌、ビートボックスでつくってみた』だった。
内閣の新メンバーはこう選ばれた。
面白いことが言えるか
映えるか
王と過去に酒を飲んだことがあるか
こうして農政大臣には「農業やったことないけど観葉植物育ててる」元パリピ、国防相には「昔FPSで無双してた」ゲーム配信者、財務大臣には「数字アレルギーで高校数学赤点の記録保持者」が就任した。
「え、資格とかいらんの?」と尋ねた宮内庁長官には、リオネルはこう答えた。
「心で治めるのが一番強い。数字は心を曇らせる。」
この発言を聞いた経済学者の半数が国外に亡命した。
忠誠でも能力でもなく、「面白いやつだから」という理由で登用された新閣僚たちは、揃いも揃って無能か、悪意を持った者ばかりだった。
国防相に任命されたのは、戦争をゲームとしか認識していない元賭博師。農政大臣は、自身が野菜嫌いという理由で穀物重税を導入し、飢饉が起きた。
だが国王は笑っていた。
「なんだよ、ドラマみたいで面白いじゃん?」
予算会議はなぜかカラオケボックスで開催された。リオネルが熱唱する『俺たちの国(作詞:本人)』が終わるたびに、財政赤字が拡大していった。
各省の予算配分は、ダーツで決められた。
「軍に必要なのは勇気。金じゃないだろ?」
そう言って国防予算は削減され、代わりに「国王ファンクラブ広報部」へ巨額の資金が投入された。その年、国境では敵国が兵を進めていたが、王はTikTokで「戦争、だめ、ゼッタイ」とだけ投稿した。
食料価格が30倍に跳ね上がった頃、民衆の不満は頂点に達していた。暴動が起こり、各地で王の肖像が燃やされた。
が、王はそれを「アートの一種」と評し、褒賞を贈った。
「あの燃え方、めっちゃ美しかったじゃん。才能あるよあれ。」
国内は阿鼻叫喚。民は飢え、学び舎は閉じられ、軍は棒を持って訓練していた。だが王の寝室からは毎晩「バズったぁ!」という寝言が聞こえていた。
物価はさらに十倍に跳ね上がり、貨幣は紙よりも価値が下がった。民衆は疲弊し、各地で暴動が勃発。だがリオネル九世は気にも留めなかった。
「みんな怒ってるって? じゃあ笑わせてやればいいだろ!」
彼は道化の格好で街を練り歩き、瓦礫の上で踊った。
その日、ついに最初の銃声が鳴った。
王宮が燃え落ちた朝、誰もリオネルの姿を見なかった。彼は記録にも、遺体にも残らなかった。
ただ、玉座の下から一枚の紙切れが見つかった。
「やってみたら、むずかしかったです。」