【BL?番外編】究極の合理性バカ:人形みたいだった
夜だった。
訓練明けのシャワー室。
湯気の立ちこめるベンチに、ジョージが黙って腰を下ろすと、すぐ隣にカーティスが座った。
それは、偶然ではなかった。
「なあ、少し……部屋、来ないか?」
声は、穏やかだった。
どこか迷いがあって、優しさもあった。
押しつけるでもなく、期待を背負わせるでもない――ただ、そっと差し出された手のような“誘い”。
ジョージは一瞬、目を伏せた。
湯気の向こうで、カーティスの顔が揺れて見える。
(……まただ)
2か月ほど前、上官に誘われた夜を思い出す。
そのときは、命令ではないと確認し、了承し、行動の確認まで行った。
だが、途中で拒まれた。
――理由は、「感情がなかった」からだった。
(では、今度は“適切に”応じればいい)
先月、19になった。
学習と検証。
――それは、生存率を高める行動原理。
ジョージはゆっくりと顎を引いた。
そして、一度だけ、縦にうなずく。
それが合図だった。
カーティスは、安堵したように小さく息を吐いた。
「ありがとう。……無理させないから」
その言葉には、たしかに優しさがあった。
上官のそれとは、明らかに違った。
温度があって、気遣いがあった。
だが――ジョージの内面は、動かなかった。
鼓動に乱れはなく、熱も、疼きもない。
ただ、「合意したから応じる」という実行フェーズに入っただけだった。
感情とは、もしかすると。
“あるふり”をするものなのかもしれない――と、どこかでぼんやり思っていた。
◇
カーティスの部屋は、個人持ちのアロマと小さな音楽プレイヤーが置かれていて、少しだけ温かかった。
ベッドの端に腰を下ろしながら、カーティスは何度もジョージの目を見て、言葉を選んでいた。
「嫌だったら、すぐやめるからな。
ほんとに、無理だけはするなよ?」
ジョージはただ静かに頷いた。
その瞳に、恐れも拒否もなかった。
ただ、“無”があった。
カーティスの手が、ジョージの頬に触れる。
そっと、触れるだけの仕草だった。
ジョージは動かない。受け入れている――いや、それ以前に、「反応」がなかった。
指が肩をなぞり、服を外していく。
動きは終始ゆっくりで、確認を挟みながらだった。
「……寒くないか?」
「大丈夫」
「痛くないか?」
「問題ない」
淡々とした返答。
語調は平らで、まるで天気を聞かれたかのような調子だった。
そして、行為が始まる。
ジョージはカーティスの表情を読み、呼吸を合わせた。
力の加減。音の抑制。
相手が求めるものを、無意識にシミュレーションして再現する。
一方のカーティスはずっと気遣っていた。
ジョージの呼吸の速さ、皮膚の温度、些細な反応の一つひとつを確かめながら、まるで触れてはいけない壊れ物に触れるように。
だが――ジョージは、最初から最後まで、目の奥がまったく揺れなかった。
痛みにも、触れ合いにも、息づかいにも反応しない。
まるでそこに、“魂”が存在していないようだった。
カーティスは途中で、何度か目を閉じた。
そのたびに、自分の心に波が立つのを感じた。
そして、終わったあと。
静かだった部屋に、わずかな音でシャツの擦れる音が響く。
ジョージは黙って身支度を整えていた。
動きに乱れはない。
まるで訓練の延長のような所作だった。
カーティスは、それを見ていられなくなって、枕元に視線を落とした。
「……人形、みたいだった」
誰に向けたわけでもなく、独り言のように、それがこぼれた。
感情を押し殺した声だったが、わずかに震えがあった。
ジョージは、動きを止めないまま、静かに振り向いた。
その顔に、怒りも、悲しみも、驚きもなかった。
「そうか」
ただ、それだけを言った。
その返答に、カーティスの喉が詰まる。
謝罪も否定も、なかった。
慰めも、気遣いも、なかった。
ただ“確認を受け取った”だけだった。
ジョージがドアの前に立つ。
その背中に、カーティスは言葉を投げかけることができなかった。
扉が閉まる音だけが、やけに硬く響いた。
そしてカーティスは、静かにベッドに座り込んだ。
落ちるように腰を下ろし、手で顔を覆った。
胸の奥に、小さなひびが入ったことを、自分でもはっきりと感じていた。
 




