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059:注意事項① 薬物には手を出すな

 重厚なレザーの椅子に沈みながら、ジョージは“ジョニー・ウー”を演じ続けていた。

 額に汗はない。口元には余裕の笑み。

 だが、テーブルの札は――確実に傾き始めていた。


「チッ……またかよ。

 ツキがどっかにバカンス行ったか?」


 天井を仰ぎ、わざとらしく肩をすくめる。


(……流れを変えたな。勝たせた分を、回収にかかってきた)


 派手な仕掛けはない。

 だが空気が変わった。

 “勝たせて油断させ、飲ませる”

 それが、クラブ・ドミニオンの手口だった。


 斜め後ろから銀のトレイが差し出された。

 視線を上げると、トップレスの女。

 酒と香水の甘い匂いをまとって揺れる。

 薄い笑みを浮かべ、ジョージの背後から回り込む。


 そのまま、柔らかい身体を押しつけながらトレイを差し出した。


「ジョニー様……お疲れでしょう?

 特別な夜には、特別なキマり方を」


 声が耳を撫でる。

 吐息は熱く、舌の気配が混じる。


 女の胸が背中に押し当てられる。

 指がスラックスの腰元に添えられた。


(来たか……)


 ジョージはグラスを持ち上げ、視線をトレイに落とす。

 粉は雪のように粒が立ち、錠剤はラメ入りのパステルカラー。

 瓶の中身は粘度のある透明な液体。


 錠剤のひとつを、ほんの一瞬だけ見つめた。

 色が微妙に層になっていた。

 上からラベンダー、白、中心はうっすら青。


「……配合、変わったな」


「ええ。VIP限定。

 柔らかくて、キレがいいって……

 皆さんお好き」


 “キレ”という言葉が、喉に引っかかった。


(見せ札か、あるいは本気か……

 どっちでも構わない。飲む気はない)


 笑った。

 冷たい酒と熱い皮肉をグラスに混ぜ込むように。


「おいおい……俺がいくら突っ込んでると思ってんだ。

 クスリで勝てるなら、カジノなんざ今ごろ焼けてるだろ」


 女が甘く笑いながら、胸をさらに押しつけてくる。

 指先が、ゆっくりと内ももを這った。

 濡れた舌先のような動きだった。

 スラックス越しに、彼の中心を探ろうとする。


 熱。匂い。肉体の要求。

 場の空気に溶けた欲望が、臨界まで膨らんでいた。


「あら、意外と真面目さんなのね」


 だが、ジョージの身体は微動だにしない。

 代わりに――右手が動いた。

 グラスをわざとこぼしそうに傾け、女の手元へ向ける。


「あぶね。高いやつなんだ、これ」


 女の手がトレイを支え直す。

 ジョージは笑顔のまま、わずかに身を引いた。


「俺は“脳ミソ”にゃ投資しない主義でね。

 酒と、勝負と女。

 それでじゅうぶんキマってる」


 派手な身振りの裏に、鉄の芯が通っていた。

 女は肩をすくめた。

 隣――チャットの前にも、女がトレイを滑らせていく。


「あなたも、どう?」


 チャットはワインを掲げ、少し芝居がかった笑みを返す。


「嬉しいね。けど俺がキマると、24時間しゃべりっぱなしでさ。

 この店のVIP情報、うっかり全部漏らすかも」


 女が小首をかしげる。


「……それは困るわ」


「でしょ? だから俺はワインで充分。

 それに、ボスの財布と命も預かってる。

 俺が転んだら……クビが飛ぶ。物理的にな」


 女は冗談と受け取り、喉を鳴らして笑った。


 トレイは引き下げられ、香水の匂いも遠のいていく。


 ジョージは無言で見送った。

 指先でカードを1枚、静かに弾いた。


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