【55話番外編】ナイフとエース
場所:アメリカ陸軍訓練施設(某基地内の娯楽室)
時期:ジョージが19歳、訓練中
「お前、ブラック・ジャックもやったことねぇのか?」
テーブルの向かいで、サージェント・マクレガーが呆れたように言った。
40代のベテラン軍曹、教官であり、実戦経験豊富な戦術指導のスペシャリスト。
そして、彼の非公式な授業の一環がこのブラック・ジャックだった。
「カジノに興味はありません」
ジョージは冷静に答える。
「カジノ?バカ言え、これは戦場での駆け引きの訓練だ」
「……どういうことですか?」
マクレガーはニヤリと笑い、トランプをシャッフルしながら言った。
「いいか、根暗なナイフ好きのチビ野郎。
お前、訓練で敵役の動きを読むのは得意だろ?」
ジョージは何も言わずにカードを手に取った。
マクレガーは続ける。
「だが、戦場はナイフ一本でどうにかなる場所じゃねぇ」
「……」
「いいか?お前は確かに接近戦は上手い。だが、それだけじゃダメだ。戦場では相手の思考を読むことも必要なんだよ」
「だから……ブラック・ジャックを?」
「そういうことだ。敵の思考を読む訓練にはもってこいだ。
それと、お前の射撃の腕はクソだからな」
マクレガーはジョージにカードを配りながら、楽しそうに言った。
「お前のナイフの技術、接近戦は凄ぇ。
マジで芸術的だよ。でもな、射撃はクソだ。どうしようもないほどクソ」
ジョージは静かにカードを見つめた。
「……最低限は当たります」
「最低限な。お前は戦場で最も大事な武器を持ってねぇんだ」
「……ナイフも武器ですが」
「バカ野郎。戦場で一番必要なのは、撃たれる前に撃つ力だ。
お前の射撃は、撃たれてから考えるレベルだ」
周囲の兵士たちがクスクスと笑う。
ジョージは静かにカードをめくった。
「……なら、相手が撃つ前に動けばいい」
「はいはい、そうやって俺は撃たれない理論か?
でもな、銃はお前の考えより速ぇんだよ」
「それなら、撃たれる前にナイフを刺せばいい」
「お前なぁ……。そういうとこが変わってんだよ」
マクレガーは苦笑しながらカードをシャッフルした。
「カードを読め。ディーラーの癖を見抜け」
ブラック・ジャックの基本ルールはすぐに理解した。
「21に近づけばいい……単純ですね」
「単純かどうかは、これから分かるさ」
マクレガーはカードを配る。
「いいか、戦場もこのゲームと同じだ。
敵がどんな行動を取るかパターンを読め。
でも、それだけじゃ勝てねぇ。
相手がどんなミスをするか読むんだ」
ジョージは静かにディーラー(マクレガー)の手元を観察する。
「……カードを配るとき、右手の指が少しだけ動いています」
「お?」
「おそらく、それはエースを持っているときの癖ですね」
周囲の兵士たちがざわめいた。
「やるじゃねぇか」
マクレガーは笑いながら、エースをめくる。
「でもよ、お前が今気づいたってことは、俺はその前からお前の手を読んでるってことだ」
ジョージは少し考えた。
「つまり、俺が観察している時点で、相手も俺を観察している……」
「そういうことだ」
「それなら、相手にミスをさせるためのブラフも必要になる」
マクレガーはニヤリと笑った。
「そろそろ、お前にもこのゲームの本質が分かってきたみてぇだな」
数週間後、ジョージはブラック・ジャックに慣れ、さらに戦場に応用する方法を考えていた。
「どうだ、ブラック・ジャックから学べたか?」
「はい」
「何を学んだ?」
ジョージは静かに答えた。
「……敵のミスを引き出すことが最も重要ですね」
「正解だ」
「戦場では、ただ相手のパターンを読むだけじゃダメ。
相手が焦って誤った行動を取るように仕向けることが重要になる」
マクレガーは満足げに頷いた。
「お前はまだクソみたいな射撃しかできねぇが、戦場での駆け引きは一流になれるかもしれねぇな」
ジョージは黙っていたが、カードを見つめながら目を細くした。
「銃がなくても、戦える方法はありますから」
「まぁ、お前はナイフ狂だからな……
でもナイフ一本でここまでしぶとく生きるヤツも珍しいぜ」
「……ありがとうございます」
「褒めてねぇよ」
マクレガーはカードを弾きながら、からかうように言った。
「……で、次の射撃訓練で、また的の周りに穴開けるんだろ?」
ジョージは静かにカードをシャッフルしながら答えた。
「ナイフ投げなら当てられます」
「クソが……」




