039:家族ごっこは得意じゃない……でも、守る価値はある
数日が過ぎた。
空気に、わずかな緩みが差した。
ジェシカの視線も、針のような尖りを失い始めていた。
リリーは完全にジョージに懐いた。
夜には彼の隣で絵本を広げるのが日課になっていた。
ジョージは毎晩、セキュリティのチェック。
日中は学校とジムの巡回。
壊れた椅子。軋むドア。外れかけたポスト――
見つけ次第、無言で修理していった。
見た目は平穏。
だが、油断はない。
チャットとの連絡は、夜の定例になっていた。
静かな待機。
その中で、時間だけが粛々と進んでいく。
ある土曜、ナンシーは仕事へ向かい、子どもたちはジョージに預けられた。
昼過ぎ、3人でモールへ出かけ、帰り際に雨に打たれた。
リリーが玄関に飛び込む。
「ただいまー!」
声が明るく響く。靴はその場で脱ぎ散らかされた。
ジョージがあとに続く。水を吸ったジーンズが重い。
ソファには買い物袋が放り投げられ、室内は既に雑然としていた。
「リリー、片付け――」
ジェシカが言いかけた瞬間、妹は一直線にバスルームへ走り込んだ。
「お風呂入りたーい!」
ジェシカがため息まじりに追いかける。
「リリー、ちゃんと髪洗うんだよー」
「はーい!」
浴室のドアの前で、ジェシカが振り返った。
いたずらっぽく笑い、指を立てる。
「……見ないでよ!」
挑発。
ジョージは一瞥だけくれて、平坦に返す。
「見ねぇよ」
ジェシカは満足げに笑い、浴室へ消えていった。
ドアが閉まり、湯を張る音が響き始める。
ジョージは濡れたシャツの背中を気にしながら、無言でガレージへ向かった。
外と繋がる空間は、室内よりもひときわ冷えていた。
Tシャツが肌に張り付き、ジーンズの裾が足首にまとわりつく。
ラックから乾いたシャツを引っ張り出し、袖を通す。
指先がじんと冷えているのに気づき、軽く開いたり閉じたりする。
靴下もズボンも替えた。体温が少し戻ってきた。
短く息をつく。肩を回し、リビングへ戻る。
浴室のほうから、リリーのはしゃぐ声が聞こえていた。
「わー、泡いっぱい!」
「リリー、ちゃんと流してってばー!」
ジョージはそれを背に、静かに袋の整理を始めた。
食料品をひとつずつ、所定の位置に入れていく。
湿った空気が室内を満たしていた。
ジョージはスマホを手に取り、手慣れた口調で注文を入れる。
「Mサイズのペパロニと、チキンウィングのセット。
……ああ、20分後でいい」
電話を切り、ソファに腰を下ろす。
窓の外、遠くで雷が鳴った。
夜の静けさに、雨の音がかすかに混じっている。
穏やかな夜――だった。
「ちょっと! バスタオルがない!!」
浴室からジェシカの声。
「ジョージー!! 取ってきてーー!!」
ジョージは目を閉じた。
つい数分前の「見ないでよ」が蘇る。
「……言ったばっかりだろ」
ひとりごとのように呟き、洗濯済みの山からタオルを引き抜く。
2枚。さらに確実に予備を持って、ドアの前へ。
「ほら」
視線を逸らしながら、ドアの隙間から差し出す。
内側から手が伸び、タオルを奪い取る。
「助かった!」
声が弾んでいた。
ジョージは何も言わず、ソファに戻る。
スマホを手に取ると、いくつか通知が並んでいた。
そのひとつに、目が止まる。
チャット(2時間前):
[水曜と木曜、君との極秘デート、予約完了。
ドレスコードは成金スタイルな!]
ジョージは表情を変えず、ナッツをひと粒、口に放った。
 




