034:「弟子にしてください!」って言われたんだが、俺はただのボディーガードだ
校長室を出ると、廊下の空気がやけに静かに感じられた。
足音が無駄に響く。ジョージは短く息を吐き、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。
淡々と進む。
面倒ごとからようやく解放された――はずだった。
「ジョージさん!!」
背後から名を呼ぶ声。
足音。2人分。迷いなく一直線。
ジョージは振り返り、わずかに眉をひそめる。
駆けてくるのは、さっきの2人。
ワラビーとジェシカ。
ワラビーが息を切らしながら距離を詰め、ズボンのポケットをごそごそ漁る。
手にしていたのは、小さく折りたたまれた紙。
「これ、僕の連絡先です!
電話番号と、SNSのアカウント!」
ジョージの視線が、紙の上へと落ちる。
雑な字。にじんだインク。手汗か。
数字の羅列と、読めるような読めないようなユーザーネーム。
「……それがどうした?」
無表情で問い返すと、ワラビーが背筋を伸ばし、真っ直ぐに言った。
「ジョージさん!
僕に、柔道を教えてください!!」
一瞬、脳内に静かなバグが走る。
(何を言ってるんだ、こいつは……)
悪ふざけの末に投げ飛ばされたと思えば、今度は弟子志願。
脈絡がない。だが本人は真剣だ。
「……は?」
「僕、あの時の投げられた感覚、忘れられないんです!」
拳を握る音すら聞こえそうなほど、ワラビーの声は熱かった。
「体が宙に浮いて、何が起きたのかわからないうちに床に叩きつけられて……
正直、最初は怖かったです。
でも、あの瞬間、こんな世界があるのかって、衝撃を受けました!」
ジョージは顔色ひとつ変えずに、その巨体を見上げる。
視線の先、190超えのガタイが、子犬みたいな目をしていた。
「それで、教えてほしいと?」
「はい! 絶対に強くなりたいんです!
お願いします!!」
ジョージは小さく息を吐く。
その場で断る気力も、もうなかった。
この手のタイプは一度火がつくと、しつこい。
仕方なく紙を受け取る。
「……考えておく」
そう言った瞬間、ワラビーの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!!
連絡待ってます!」
拳を軽く胸に当て、全力の笑顔で頷くと、ワラビーは踵を返し、全力で走り去っていった。
まるで何かを成し遂げた戦士のように。
ジョージはその背中を呆然と見送り、手元の紙に目を落とす。
そこに書かれた雑な文字が、やけに現実感を欠いていた。
(……なんだ。なんなんだ、この展開は?)
隣にいたジェシカに、ぼそりと訊いた。
「……なんなの? アイツ?」
ジェシカは肩をすくめる。
「私も知らない。1番体が大きいから頼んだだけ」
ジョージは眉をひそめる。
「なんでワラビー?」
「さあ? 本名は違うと思うけど、みんなも本人もワラビーって呼んでるし……」
「由来は?」
「両親がオーストラリア出身だからじゃない? 知らないけど」
言い終わると、ジェシカはさっさと先を歩き出す。
ジョージは、その後ろ姿とワラビーの消えた方向を交互に見やる。
弟子志願の巨漢と、気まぐれな依頼人の娘。
どっちも、予想の外に生きている。
――面倒なことになりそうだ。
呟きは心の中で留めたまま、ジョージは小さな紙片を内ポケットに押し込んだ。
◇
【あとがき】
個人的な話になりますが、人生で一番好きなアニメがあります。
2001年に放送された「旋風の用心棒」。
本作「潜誠の盾」には、その作品のオマージュをたくさん詰め込みました。
例えば主人公の名前、ジョージ・ウガジン(宇賀神丈二)は、谺丈二から。
外見も、身長を低くした谺丈二。
ジッポライター。
依頼人の高校生、ジェシカ・グレナン(田野倉美雪)との接点。
狂気じみた敵役キングスリー(銀鱗-しろがねりん-)
もしかしたら今後、距離が近くなるかもしれない、ナンシー・グレナン(荒鬼早苗)
まだ出てきていませんが、
今後は、裏カジノ、ブラックジャックなども。
そして今回、「ワラビー」は旋風の用心棒のチンピラ、アライグマ(新井熊吉)からかなりインスピレーションを受けました。
アライグマも、自分より小柄な谺丈二に倒され、谺丈二に勝手に懐くようになります。
ワラビーと異なる点は、アライグマは成人済みのヤクザのチンピラで、谺丈二からかなりボコボコにやられます。
そして女(美雪と早苗)にモテる丈二に、「俺にもモテ方を教えてください!」という何ともまあ、不純な動機で勝手に弟子入りして着いてまわるのです笑
ですがアライグマはのちに、彼を救う重要なキーパーソンになります。
アライグマがいなかったら、谺丈二は殺されていた。
ワラビーも内容は違えど、彼がいなかったらジョージもジェシカも死んでいたという重要なキーパーソンにしました。
 




