【番外編】体格差ネタ①:大・中・小
── 夜のバー。入り口の扉が静かに開いた。
先頭は、濃いグレーのジャケットを着たヴィンセント。
身長190を超える巨体が、天井の照明を一瞬遮った。
その隣に、洗練されたスーツ姿のチャット。動きが軽い。
視線も飄々としている。
そして、最後に入ってきたのは、159センチのアジア系の男。
無言。
3人とも、無駄口ひとつ叩かず、まっすぐカウンターへと向かう。
「ビール。ジャッキで」
ヴィンセントが低く言う。
「ジン・トニック。ライムは多めで」
チャットが口角を上げた。
ジョージは何も言わず、手をひとさし。
バーテンダーは、一拍だけ遅れて頷き、静かにワンフィンガーのウィスキーを差し出す。
──氷が鳴る音。ビールの泡がわずかに弾ける。
カウンターには、種もサイズもバラバラな3人組が並ぶ。
バーテンダーの手が止まる。視線が、順に彼らをなぞる。
その目には、素直な困惑が浮かんでいた。
「……お前ら、何者だよ。人類の見本市か?」
ぼそりと唸るように言い、さらに言葉を重ねる。
「てか、並び順も完璧かよ。
大・中・小って……
こんな均整取れた構成、ドキュメンタリーでも見ねぇぞ?
なんだ? ここで国際会議でも開くつもりか?」
チャットはグラスを軽く掲げ、バーテンダーにウィンクするような視線を向けた。
「はっは、俺たち?
ただのボディガード集団さ。
……とはいえ、ちょっと珍しいタイプでね。
アフリカの重戦車、ヨーロッパの貴公子、アジアの沈黙兵器。
見た目のバリエーションだけは、国連より豊富だぜ」
隣の女性客に視線を向け、茶目っ気たっぷりに囁く。
「旅先で迷ったときは、好きな大陸を選ぶのがコツ。
俺たち、全方位カバーしてるから」
ジョージは、ワンフィンガーのウィスキーを、静かに傾けた。
動きは儀式のようで、無駄がなかった。
チャットが肩を揺らし、にやりと笑う。
「ちなみに、俺がイケメン枠で、デカいのがパワー枠。で……」
ちら、とジョージを見やる。
「……ジョージが……」
睨まれた。
「言ってみろ」
「……マスコット?」
「投げるぞ」
ヴィンセントが耐えきれずに笑い出す。
「お前、もっと愛嬌持てよ!
マスコットってのは可愛がられてナンボだぞ?」
ジョージは静かにグラスを置いた。
「……俺は、どこにでもいる一般人だ」
チャットが即座にかぶせる。
「一般人が無表情で人を投げ飛ばしたりしねぇよ。この中で一番強ぇじゃん」
──そのときだった。
近くのテーブルから、声が割り込んできた。
180センチ台。アメフト仕込みの体躯に、赤ら顔。
酒の匂いと笑い声をまとい、肩で息をしている。
「へぇ、チビが最強ってか。そりゃ面白ぇな!」
ジョージは目を伏せ、再びウィスキーを口に運んだ。
面倒だという気配が、肩のあたりににじむ。
チャットが煽るように言う。
「見た目で判断すんなよ?
このチビが一番ヤバいんだから」
「ほんとかよ?」
酔っ払いは笑いながら、ジョージの肩を叩いた。
「なあ、小さい兄ちゃん。
ちょっと腕相撲でもやってみようぜ?」
ジョージ、無言。飲むだけ。
「つまんねぇな〜。
じゃあレスリングとか? 軽くでいいからさ」
ジョージが息を吐く。深く、ゆっくりと。
「やらん」
「チビだから怖ぇのか?」
──その一言で、空気が凍った。
カウンターの温度が下がる。
店内の会話が途切れ、誰かのグラスが置かれる音だけが響いた。
ヴィンセントはジョッキを揺らしながらニヤついていた。
「やめとけよ。お前さん、痛い目みるぞ?」
チャットは楽しげな顔のまま、声色を下げる。
「俺より強いんだぜ? 保険きかねぇぞ?」
言葉だけは止めに見える。
だが目元は、悪戯好きの子どもだった。
「……まあ、俺も最初は信じられなかったけどな。
あの体格で人を飛ばすなんて、物理法則のバグだと思ったわ」
その瞬間だった。
酔っ払いがふざけてジョージの腕に手を伸ばした。
──ジョージが動く。
一拍。
酔っ払いは、カウンターに押し伏せられていた。
声にならない呻きが漏れ、体が硬直する。
ジョージの手は、手首と肘の角度を封じていた。
ほんの数ミリ動かせば、激痛が走る位置。
「動くな」
低く、静かに言った。
「……何だ今の……?」
「お前が動こうとしたから、動けなくしただけだ」
淡々とした声。
そのまま、手を放す。
酔っ払いはよろめいて立ち上がり、顔を青くして呟いた。
「……悪かった……」
ジョージは何も言わず、再びグラスを傾けた。
──一拍遅れて、店内が沸いた。
「うおおおお!!!」
「今の見たか!?」「マジで一瞬だぞ!!」
チャットはカウンターを叩いて笑い転げる。
「やっば! これが見たかったんだよな〜!
ジョージ最高!!」
ヴィンセントも笑いながらジョッキをあおる。
「な? 言った通りだったろ?」
バーテンダーが肩をすくめて笑った。
「お前ら、何者だよ……」
ジョージは、静かに答えた。
「……どこにでもいる一般人だ」
隣のテーブルの女性たちがざわつき始めた。
「ねえ、今の格闘技?」
「さっき聞いたけど、ほんとにボディガードなの?」
チャットが即座に決め顔でウィンクする。
「もちろん! 俺たちは超一流のプロフェッショナルでございます!」
「すごい! もっと聞かせて〜!」
チャットはグラスを掲げる。
「じゃあ、もう一杯いこうか?」
ジョージが静かに言った。
「帰る」
「えー! まだ早いよ!」
「帰る」
ヴィンセントが笑いながら肩を軽く叩いた。
「まあまあ、あとちょっとだけ付き合えって」
チャットが耳元で囁く。
「モテてるぞ? 今なら指名入るぞ?」
ヴィンセントがその肩を片腕でがっちり抱え、椅子に戻す。
「んだよ、何急いでんだ。
俺とチャットの“モテ期”に付き合えよ、たまにはよ!」
ジョージはわずかに眉を寄せたが、抵抗はしなかった。
ヴィンセントは口元をゆがめて、耳元で低く囁いた。
「……お前が帰ると、場が締まらねぇんだ。
黙って座ってりゃいい。
飲まなくても、そこにいろ」
命令でも懇願でもなかった。
ただの事実だった。
ジョージはグラスを見下ろし、静かに告げる。
「……あと30分」