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033:今回の件、非常に重大な問題として扱うべきだと考えている

 校長室の重たい扉が、背後で音を立てて閉まった。

 空気が変わる。重く、硬い。

 蛍光灯の下、静けさが張り詰める。


 ジョージ、ジェシカ、ワラビーの3人が並んで椅子に座り、正面には腕を組んだ校長。

 目の前のデスクには数枚の書類。

 その端を、指先で軽く押さえながら、校長はため息を吐いた。


「……今回の件、非常に重大な問題として扱うべきだと考えている」


 声に抑えはあるが、怒りはその下にくすぶっていた。

 校長の視線が、真っ直ぐジョージに向けられる。


「まず、君。

 君はグレナン家のボディーガードとして雇われているそうだが、なぜ学校内で生徒と戦うような真似をした?」


 ジョージは一切の動きを見せず、その視線を正面から受け止めた。


「不可抗力でした」


 校長の眉が、わずかに動いた。


「不可抗力?」


「挑発に乗ったわけではありません。

 相手を無力化するために、最も安全な方法を選択しました。

 彼に怪我はありません」


「安全な方法?」


 校長は顔をしかめ、目を細める。


「君は武術の心得があるんだろう?

 だったら、むやみに技を使えば生徒に危害が及ぶことも分かるはずだ」


 そのときだった。ワラビーが急に声を上げた。


「いや、違います!

 ジョージさんは俺を傷つけるつもりなんてなかったんです!」


 校長がワラビーを見る。

 ジョージも、目線だけを少しだけ向けた。


「……どういう意味だ?」


 ワラビーは胸を拳で叩きながら、はっきり言った。


「俺が殴りかかって、それを止められたんです。

 しかも、俺みたいなデカい奴をあっさり投げたくせに、一切怪我させなかった。

 あんな技、普通できませんよ!」


 言葉には、感情が混じっていた。

 後悔、畏敬、少しの興奮。


 校長は少し意外そうな顔を見せ、今度はジェシカに目を向けた。


「ジェシカ、お前はどうなんだ?」


 ジェシカは逸らさず、真正面からその問いを受け止めた。


「全部、私のせいです」


 校長の目が一瞬だけ細まる。


「……どういうことだ?」


「私がジョージを呼び出しました。

 通知を送って、彼をここに誘導したのも、試すようなことをしたのも全部私の判断です」


 沈黙。

 校長は額のこめかみに指をあて、ひと呼吸を置いた。


「……つまり、君は彼をからかうつもりで呼び出した、と?」


 ジェシカは唇を噛み、頷いた。


「はい」


 校長はもう一度、深く息を吐いた。

 視線を、今度はワラビーに向ける。


「では、お前はどうだ?

 なぜ、手を出した?」


 ワラビーは鼻の頭をかき、少し気まずそうに言った。


「最初は……ただの悪ふざけのつもりでした。

 でも、ジョージさんが全く動じなかったから、カチンときて……

 本気でかかっていっちゃいました」


「つまり、君が仕掛けたと」


「はい。だから……悪いのは俺です」


 校長は、2人を数秒見つめたまま沈黙する。

 そして、再びジョージへと視線を戻した。


「……それでも、私は外部の人間が、学校内で生徒と乱闘をすることを、認めるわけにはいかない」


「ごもっともです」


 ジョージは即答した。

 無駄も弁明もない、ただ事実への同意だった。


「ですが、私はあくまで自己防衛の範囲で対応しました。

 怪我をさせる意図はなく、実際にワラビーも無傷です」


 校長は腕を組み直し、考え込むようにデスクの端を見つめた。


「それでも、警察に報告するのが本来の手順だが……」


 言いかけて、沈黙。

 ジョージはその間隙を突くように、落ち着いた声を投げた。


「ここで問題なのは、私が生徒に暴力を振るったかどうかではなく、なぜこのような状況になったのか、では?」


「……何が言いたい?」


「私が強要したわけでも、積極的に関与したわけでもありません。

 むしろ、被害を最小限に抑えようと努めました。

 そして、生徒2人が自ら自分の過ちを認めています」


 校長の表情は崩れない。

 だが、その口元の緊張がわずかに緩んでいく。


 やがて、沈黙を破って吐息が落ちた。


「……分かった」


 ジョージの目が、ほんの少しだけ細められる。


「警察には連絡しない。ただし——」


 校長の視線がジェシカとワラビーを貫く。

 声の調子が、明確に厳しくなる。


「君たちには、1か月の奉仕活動を命じる」


 ジェシカが安堵の色を見せる。

 ワラビーは思わず聞き返した。


「え、停学じゃなくて?」


「本来ならそうだが……反省の意思が見える」


 校長の視線が、真っ直ぐ2人に突き刺さる。


「ふざけた気持ちでこれを受けるなら、停学処分に切り替える。どうする?」


 ジェシカとワラビーは、目を合わせ、迷いなく頷いた。


「やります」


「もちろんっす」


「よろしい」


 校長は頷き、最後にジョージへ視線を向ける。


「そして君は……学校への立ち入りを禁じる」


 ジョージは何の表情も見せず、ただ静かに頷いた。


「分かりました」


「次に問題を起こした場合は、警察へ報告する。

 これははっきり言っておく」


「はい」


 それ以上、校長は何も言わなかった。

 書類を整え、言葉少なに告げる。


「では、解散してよし」


 ジョージが椅子を引く。音は控えめだった。

 立ち上がった彼の背を、ジェシカとワラビーが黙って見送る。

 顔には後悔と、謝罪と、何かを学んだ跡。


 ジョージは一度だけ、彼らを振り返った。


 声は低く、感情はなかった。

 しかし、それで充分だった。


「2度目は、ない」


 その言葉に、2人は黙って頷いた。

 それが、すべてだった。


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