032: 俺の身長、こいつの肩までしかねぇ。で?
立ちはだかる巨体。
高校生にしては異常なサイズだった。
身長は190を超え、肩幅はドアのように広い。
腕は、土管みたいな太さ。
シルバーチェーンが首にぶら下がり、耳のクロスピアスが光を弾いている。
顔には、挑発を隠そうともしない笑み。
「おいおい、ホントに俺とやるのかよ?」
ワラビーが見下ろす。
その視線は、好奇心と優越感で濁っていた。
「ちっせぇなぁ。強いとか、冗談だろ?」
ジョージは返さない。
首を軽く回して凝りをほぐす。
時計を外してポケットに入れ、上着を脱ぎ、近くの椅子に投げた。
「お、やる気出た?」
ワラビーが肩を回しながら喋る。
動きが雑で、無駄にデカい。
「なあ、どうやってくる?
俺のパンチ、一発でも入ったら終わりだぜ」
ジョージはその言葉にも反応せず、無言で片手を上げた。
手招き。音も言葉もいらない。
ワラビーの表情が、一瞬だけ揺れた。
この小柄な男が、まったく怯えていない。
むしろめんどくさそうな眼差し。
挑発じゃない。評価だった。
「チビのくせに、なめてんじゃねぇ!」
ワラビーが怒鳴って踏み込んだ。
拳が風を割って振り抜かれる。
狙いは顔面。
殺しには来てないが、派手に倒すつもりだ。
けれど拳は空を切った。
ジョージの身体が、重力を味方につけて滑る。
無駄が一切ない、静かな移動。
「……は?」
次の瞬間、ジョージの手がワラビーの腕を掴んでいた。
ワラビーが驚く間もない。
足を膝裏から払われ、重心が崩される。
足場を奪い、投げの軌道に乗せた。
(これが実戦なら、頭から落とす)
だが、落とさない。
敵じゃない。殺す理由がない。
一瞬、時間が膨らんだ。
その狭間で、ジョージの左手が襟を引いた。
浮いた巨体の軌道をわずかに修正。
右手の平で背をなぞるように支え、後頭部の衝突を未然に消す。
空中での姿勢を整える。
制御する。
落とすためじゃない。
壊さないための投げだった。
巨体が舞った。
乾いた衝撃音が、体育館の床に弾けた。
だが、骨を折るには至らない。
加減された重量が、床板の下まで震わせただけだった。
静寂。
息を呑む音が、体育館のあちこちで連鎖した。
「ヤバ……」
「ワラビー、投げられた……?」
「チビ、化けもんかよ……」
ジョージは立ったまま、袖口を直す。
顔には何も浮かばない。
ワラビーは床に仰向けのまま、しばらく動けずにいた。
頭は打っていない。
意識もはっきりしている。
ただ、受け身を取らされた自分を、理解できずにいた。
(……今、俺、投げられたのか?)
耳元のピアスが、まだわずかに揺れている。
ジョージはその顔を見下ろし、低く言った。
「証明、完了だな」
ワラビーは呆然とピアスに触れた。
冷たい金属の感触が、敗北を確かに告げていた。
ジェシカの声が、ぽつりと漏れた。
「……本当に、強いんだ」




