030:緊急通知:ジェシカ、座標一致
ブザー音。
ポケットのスマホが震えた。
画面を見た瞬間、眉がわずかに動く。
緊急通知――ジェシカの位置情報。
ジョージは即座にマップを展開した。
ピンが示すのは高校の敷地内、それも校舎エリア。
「釣りはいらない」
冷たい声で告げ、紙幣を多めにレジへ放る。
外へ出る。
リッジラインのドアを開け、シートに滑り込む。
エンジンスタートさせ、アクセルを踏み込む。
タイヤがわずかに軋み、車体が前に出た。
体がシートに押し付けられる。
車内は静かだった。
だが、指先の神経が研ぎ澄まされていくのを自覚する。
ジェシカが自分の意思で送ったのか。
それとも、追い詰められた結果か。
どちらでも構わない。今は動く。
信号待ちの間、再確認。
通知は一度きり。返信はない。
電話はリスクが高い。
音ひとつで彼女の位置をバラす可能性がある。
──到着まで、あと3分。
◇
高校の正門前。
ジョージは速度を落とし、敷地全体を一瞥した。
異常なし。
校庭には生徒たち、教師らしき姿も。
パトカーの影もない。
――乱射事件や大規模な騒動ではない。
だが、“何か”は起きている。
車を静かに駐車スペースへ滑り込ませた。
シートベルトを外しながら、最初にやるのは武装解除。
腰のHK P30SKをホルスターごと外し、グローブボックスへ。
胸元のナイフも同様に処理。
替わりに、センターコンソールからタクティカルペンを抜く。
筆記具に偽装した合金製の護身具。
最後の切り札。
内ポケットに滑り込ませる。
ドアを開ける。
風の温度、子どもたちの声、教室から漏れる笑い声。
日常の皮を被った何かの気配が、薄く漂っていた。
足音を抑え、エントランスへ向かう。
目線は自然に、気配は沈めたまま。
受付カウンター。
中年の女性職員が書類を整理していた。
ジョージの存在に気づき、顔を上げる。
「ご用件は?」
ジョージは落ち着いた声で応じた。
「ナンシー・グレナンの代理で来ました。
ジョージ・ウガジンです。
彼女の娘、ジェシカ・グレナンのことで」
職員がPCに向かい、キーボードを叩く。
「ジェシカ・グレナン……今のところ特に問題は確認されていませんが」
ジョージは肩を軽くすくめた。
「彼女から連絡があったんですが、詳細が分からなくて。
念のため確認したくて来ました」
職員が一瞬だけ眉をひそめ、頷いた。
「それなら、入館手続きを」
差し出されたバインダーに名前と目的を記入。
その間に、警備員が1人、無言で近づく。
「すみませんが、簡単なボディチェックをさせていただきます」
「どうぞ」
腕を軽く広げる。
肩、腕、腰、足元。チェックは形式的だった。
武器は無い。
──タクティカルペンにも、触れなかった。
「問題ありません。どうぞ」
受付の奥へ案内される。
歩きながら、スマホの位置情報を再確認。
ジェシカのピンは、体育館。
足を止めずに廊下を進む。
窓の向こう、バスケットコートが見える。
その奥に、目的地。
ドアの前に立つ。
呼吸を整え、静かに押し開ける。
視線が闇に順応し、次第に像が浮かぶ。
体育館の隅――
そこに、ジェシカの姿があった。