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【番外編】合理性バカ②:クセ強フォーム

「ウガジン、お前の射撃は……クソだな」


 教官の第一声がそれだった。

 ジョージ・ウガジン、当時20歳。部隊の中で最も早く、正確に銃を組み立てる男だった。

 だが――


「お前が撃った弾、どこ行ったか分かるか?」


 教官が指差す先には、射撃標的とはまったく関係のない、背後の金属板にぽつりと残る弾痕。


「俺が当てたんですか?」


「どう見てもそうだろ!! お前、的の方向見てたか!?」


「はい、ちゃんと……」


「どこを!?  火星か!? 土星か!?  それとも冥王星かぁ!?!?」


 背後で兵士たちが肩を震わせる。ジョージは静かに応じた。


「冥王星は……もう惑星じゃないです」


「そういう問題じゃねぇ!!

 お前の弾丸だけ異世界転生でもしてんのかぁ!?」


「さすがに、それは――」


「じゃあどこ行ったんだよ!? スライムか!?  ギルド受付嬢か!?  勇者にでもなってんのか!?」


「……撃った先がずれてたんだと思います」


「知ってるわ!!」


 ついに教官は両手で頭を抱えた。


「お前の組み立て技術は特級品だ……

 だがな、射撃の腕が台無しにしてんだよ……!」


「つまり?」


「撃て!! 当たるまで撃ち続けろ!! ……って、待てよ?」


 教官がふと真顔になった。


「お前、もう20歳だよな?」


「はい」


「部隊に配属されて、どれくらいだ?」


「1年と3ヶ月です」


「……今まで、何やってた?」


「……? 1人で敵の偵察の任務を――」


「そりゃぁ知っている。お前の持ち帰ってくる情報は超一流品だ。そこは褒めよう。だが今俺が聞きたいのは銃の話だ」


「主に銃の整備を」


「いや、撃てや!!!!」


 再び地響きのような怒号が鳴り響く。


「お前まさか……ずっと分解と組み立てだけしてたのか?」


「一応、たまには撃ってました」


「たまにかよォ!!」


 兵士たちはもはや訓練どころではない。


「整備精度・知識・理論・組み立て速度――

 どっっれも完っっ璧なのに……なんで射撃だけ、こうなるんだよォ!」


 訓練場のあちこちで、訓練兵たちがうつむく。

 笑いを堪えて、肩を震わせている者もいる。


「……っく……」


「ダメだ、笑うな……笑ったら殺される……」


「笑ってはいけない射撃訓練……また始まったな……」


 その中心で、ジョージはただ黙って立っていた。

 教官の怒号にも、皮肉にも、まったく反応しない。

 冷静に、まっすぐ立って、ただ一点を見据えていた。


「何だその顔はァ!!

 こっちは感情の波で溺れそうなのに、お前は氷河期か!?

  マジで!?

  化石かお前は!?」


 教官は息を荒らげながらも言葉を続けようとして、ふと気づく。

 ジョージが、構えを変えていた。

 重心は低く、足幅は柔道の構えのように広い。

 右手は身体の軸に沿わせ、左手は弓を引くように前へ。銃口は揺れず、的をまっすぐに見据えていた。


「……おいウガジン、何だその構えは」


 訓練兵たちがざわつく。


「クセが強いぞ」


「構えの見た目が完全に必殺技前」


「何始まるのこれ」


「ふざけてんのかッ!!」


 教官は怒鳴ると、そのままジョージの尻を蹴り飛ばした。


 ジョージは少し前につんのめったが、体勢を崩さずに構えを戻した。

 顔色も変えない。


「……撃ちます」


 周囲の空気が固まる。

 教官が頭を抱えた。


「やめろって……そんな構えで撃ったら、マジで顔面吹っ飛ぶから……ッ!」


 ジョージはそのまま、引き金を引いた。


 1発、また1発。

 そして10発。


 すべての弾丸が、的の中央を正確に射抜いた。


 訓練場が静まり返る。


「……」


「……は?」


「……おい、何が起きた?」


 教官がそっとターゲットを確認しに行き、無言で戻ってきた。

 何かを言いたそうに口を開きかけて、また閉じる。


 ジョージは1歩後ろに下がり、銃を丁寧に分解し始めた。


「……ウガジン」


 教官が咳払いをして言う。


「それは軍の教本にはない構えだ」


 ジョージは小さく頷く。


「……はい」


「だが、命中率が100パーセントなら……まあ……続けろ」


 そして、教官はその後しばらくしてから、部隊全体にこう言った。


「他のやつはウガジンの構えを真似すんじゃねえ。

 《《死ぬぞ》》。

 あれは《《ヤツ専用》》だ」


 その警告は当然ながら無視された。



 数日後——。


 兵士のひとり、トミー・サンダース二等兵が調子に乗り、ジョージの構えを完コピ。


 そして、撃った瞬間——。


 反動で後方に転倒し、後頭部を砂地に強く打ちつけた。

 銃は空中に舞い上がり、近くの教官のヘルメットにぶつかって落ちた。


 その日、サンダースは一時的に聴覚を失い、日誌にはこう記録された:


 “訓練兵、射撃フォームの真似による自爆事故。要経過観察。以後ウガジン型は軍内非推奨”


 こうしてジョージ・ウガジンの構えは正式に「絶対真似禁止」に指定された。



 現在。

 ΩRM本部、地下の個人射撃ルーム。


 標的に向かって引き金を引いたジョージの銃から、乾いた音が一発。

 中央に開いた穴を確認し、彼は無言で弾倉を外す。

 その背後から、チャットが近づいてきた。


「なあジョージ。聞いていい?

 なんでお前、銃あんま使わねえの?」


 ジョージはしばらく沈黙し、銃を分解しながら答えた。


「……確実じゃない」


「また出たな! 哲学モード!」


 チャットが軽く笑いながら腰をかける。


「えーと、何だっけ? 跳弾がー、風がー、運がー、で、“命を奪うには軽すぎる”んだっけ?」


「……そう」


「いや分かるよ? めちゃくちゃ深い。でもさ……」


 チャットはニヤニヤしながらジョージの顔を覗き込む。


「それだけ?」


「……構えるたびに言われる」


「え?」


「“その構え何?” “危ない” “プロはそう撃たない”って、毎回突っ込まれる。……うるさい」


「そこ!? いや、俺も初めて見た時言った……けどさ!

 お前、それただの愚痴じゃねえか!!」


 チャットは崩れ落ちるように椅子の背にもたれた。


「いや待って!? 今すごい良い流れだったよ!? 冷徹なプロの矜持みたいな空気だったのに、オチそれ!?」


 ジョージは無表情で弾倉を戻しながら、静かに言う。


「撃てば当たる。なら、黙ってればいい」


「出た〜〜〜! 無言で圧かける童顔!」


 チャットは涙目で腹を抱えながら笑った。


「……でも、そういうとこ嫌いじゃないよ?」


 ジョージは一切反応せず、銃をロッカーに戻した。



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