【番外編】ジョージの休日⑥:強制長期休暇事件
ヴィンセントは以前、ジョージに2週間の特別長期休暇を強制的に与えたことがある。
普段から激務をこなし、常に緊張感の中で生きているジョージを心配し、たまには休ませようとしたのだ。
「お前は働きすぎなんだよ! ちょっとはリラックスしろ!」
ヴィンセントはそう言いながら、半ば無理やりジョージのスケジュールを空白にした。
「休暇ってのは、仕事も世の中の喧騒も忘れてのんびりするもんだ。分かったか?
ハワイかどっかの南の島でも行って、ぼーっとのんびり過ごしてこい」
「……ああ」
ジョージは渋々頷いたが――
4日目、ヴィンセントの電話が鳴る。チャットだ。
「ヴィンセント・モローだ」
『やぁヴィン、お前の相棒、捕まってるぞ』
「……は?」
『逮捕だよ、逮捕。ポリスの中。カンカンよ』
「はぁぁぁ!?」
ヴィンセントは勢いよく立ち上がった。
「てめぇ、何の冗談だ!? どこで何があった!?」
『いや、こっちが聞きたいよ……』
チャットの声が、いつもの軽薄な調子で続く。
『俺も最初は耳を疑ったぜ? “ΩRMのジョージ・ウガジン、暴行の疑いで拘束” って報告が来た時はな』
ヴィンセントは頭を抱えた。
ジョージが、暴行で、拘束??
「任務中じゃねぇよな?」
『残念ながら、バリバリのオフだね。完全なる休暇モード』
ヴィンセントの眉間に深い皺が寄る。
「……で、何があった?」
『ざっくり言うと、アイツ暇すぎて治安の悪い地区をフラついて、絡んできた連中を片っ端からのしたらしい』
「……は?」
『チンピラ相手に10人KO。全員病院送り。
で、警察が駆けつけたら、アイツ普通に現場に座ってて、「お前もやるか?」みたいな顔してたってさ』
「Putain de merde!!(ふざけるな!!)」
ヴィンセントは思わず机を叩いた。
「アイツ何考えてんだ!!
休暇ってのはな、静かに過ごすもんだろうが!!」
『俺もそう思うよ。けどな、ヴィン……』
チャットの声が、少し真剣なトーンに変わる。
『これ、ただの喧嘩じゃねぇよ。アイツ、地下格闘技にまで手ぇ出してた』
ヴィンセントの動きが止まった。
「……何?」
『違法ファイトクラブ。金が目的じゃねぇ。アイツ、“戦うこと” が目的だった』
沈黙。
ヴィンセントは奥歯を噛みしめ、額を押さえた。
「……Putain……」
『なあヴィン、俺たち、休ませる方がヤバいんじゃねぇか?』
ヴィンセントは受話器を握りしめたまま、どっか遠い目をした。
◇
警察署に駆けつけたヴィンセントが見たものは――
留置所のベンチに座り、ガリガリに痩せこけたジョージ。
服はボロボロ、目はやたらギラつき、顎には無精ヒゲ。
「おいおい……なんでこんな短期間でここまで落ちぶれるんだ?」
ヴィンセントが呆れながら話を聞くと、ジョージの言い分はこうだった。
「……暇だったんだよ」
「は?」
「暇でやることがない。だから、適当に治安の悪いところを歩いてたら、向こうから絡んできたんだ」
「……で、応戦した?」
「ああ」
「何人?」
「……10人くらい?」
「Putain de merde!!(ふざけるな!!)」
ヴィンセントは頭を抱えた。
「てめぇ、何でガラにねぇことしてんだよ」
「向こうから仕掛けてきたんだ」
「だからって普通10人ものすわけねえだろがぁぁ!!」
ヴィンセントはフランス語で罵詈雑言を吐き出した。
「俺が見つけなかったら、そのうち死んでたんじゃねえか……?」
ヴィンセントはジョージのやつれた姿を見て、背筋が寒くなった。
ろくに食べていないせいで痩せ、目はギラつき、様子は完全に獣。
「お前、休むとマジでヤバいことになるな」
「……」
◇
ΩRM社内、大騒ぎ。
ヴィンセントがジョージの逮捕を知った瞬間から、ΩRMは大混乱に陥った。
「ジョージが逮捕!?」
「えっ!? なんで!? どこで!? 何やったの!?」
「まさか任務中に!? いや、休暇中じゃなかったか?」
社員たちはパニック状態。
普段から冷静沈着で、「トラブルを未然に防ぐ側の男」 であるジョージがまさか逮捕されるとは誰も思っていなかった。
「ヴィンセント、何があったんだ?」
「オメーの相棒、まさかヤバいことしてねぇよな?」
ΩRMのオフィスは緊急事態モードに突入し、ヴィンセントはため息をつきながら事情を説明する。
「……休ませたら、暇すぎてわざと治安の悪い場所に突っ込んで、襲ってきたチンピラを10人ほどのしたらしい」
「……え?」
「……は?」
「いや、何してんのあの人……?」
「えっ、仕事じゃなくて……? 休暇中に?」
「野生化したの??」
「自主トレかな?」
「自主トレで警察に捕まるのか!?」
全員が頭を抱えた。
さらに話を聞くと、ジョージは地下格闘技にまで手を出していたことが判明。もちろん、違法だ。
ΩRMの社員たちは一斉にヴィンセントを見る。
「ボス……俺らの会社、違法ファイトクラブ運営してましたっけ?」
「してねぇよ!」
ΩRMはボディーガード会社であり、喧嘩屋ではない。
にも関わらず、そのトップクラスのエージェントが勝手にストリートファイトして、警察に捕まるという前代未聞の事態。
「何してんのよ、あの人……」
「ジョージさんって、普段はちゃんとしてるのに……
休ませると暴走するタイプだったのか……」
「野生化だな」
「ヤバい、ボス、これ会社の評判に響かねえ?」
「すでに手を回して釈放させる手筈は整えた。
んなぁこったぁーどうでもいい。問題はそこじゃねえ」
ヴィンセントは疲れた顔で続ける。
「もう二度とあいつに長期休暇は与えねえ。」
社員たちは深く頷いた。
ΩRMのオフィスには、一つの新たな社内ルールが追加された。
「ジョージに長期休暇を与えてはならない」
――そして、この事件は「ジョージの強制長期休暇事件」として、ΩRMの伝説の一つになった。