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【番外編】ジョージの休日⑤:不死身の社畜

 ΩRMのオフィスでは、ジョージの「年間稼働数」について社内で度々議論が巻き起こる。


 ある日、ヴィンセントが何気なくジョージの勤務実績を確認した。


「……おい、これ見ろ。」


 サムはモニターを覗き込み、目を細めた。


「えっと……え?」


「俺の見間違いじゃねぇよな?」


「……ちょっと待ってろ……」


 サミュエルは素早くキーボードを叩き、データを集計した。


「ええっと……去年のジョージの稼働日数……310日 だな。」


「……310!?」


オフィス内にいた社員たちが一斉に振り向く。


「え? 休み何日?」


「計算すると……55日だけど、これは『完全オフ』じゃなくて『予定なし』の日も含まれてるな……。」


「つまり、本当の意味で休んだのは?」


「……ゼロ。」


「はあぁぁ!?!?」


 ΩRMのオフィスは騒然となった。


「いやいやいや、さすがにヤバくね?」


「普通、軍隊でもここまで働かねぇぞ!?」


「これ……むしろジョージさん、ΩRMの正社員じゃなくてフリーランス契約で助かったんじゃ……?」


「ΩRMが労基法違反で訴えられるところだったな……」


「ていうか、これブラック企業どころの騒ぎじゃねぇ……」


「不死身の社畜……」


「やめろぉー!!! うちはそんな会社じゃねぇ!!!」


 ヴィンセントが全力で突っ込むが、社員たちは冷めた目でデータを眺めている。


「いや、でもこれ数字がすべて物語ってますよ……」


「ブラック企業のボスが『うちは違う!』って言っても説得力ねぇんすよ……」


「違う! うちはちゃんと有給も出すし、休みも柔軟に取れるし、フレックスで在宅勤務も可能だ!

 手当もきちんと出している!

 そもそもこいつが働きすぎなんだよ!!!」


「……ボス、もしかして『ブラック企業のつもりはなかった』ってやつですか?」


「そういう問題じゃねぇ!!!」



ジョージ vs. イーロン・マスク(並)


「なあ、ジョージさんって、イーロン・マスク並みに働いてねぇ?」


「イーロン・マスクは週に85時間労働とか言ってるし、ジョージさんは年間310日稼働だし?」


「……つまり、ジョージさんもヤバい?」


「イーロン・マスクは会社3つ掛け持ちしてるけど、ジョージさんもΩRM以外の仕事してるし……」


「ていうか、ジョージさんの働き方、イーロン・マスクと同じカテゴリーじゃね?」


「えっ、これつまり……?」


「イーロン・マスク並の社畜!!!」


「違う!!

 ていうか、お前ら言い方考えろ!!!

 社畜じゃなくてフリーランスだ!!!」


「ボス、それ言い方変えてるだけで本質変わってません」


「違うんだって!!!

 うちはブラックじゃねぇんだ!!!」


 このやりとりを聞いていたチャットが、ニヤニヤ半笑いしながら低い声で言った。




「あぁ、ジョージって……

 下手すると精神的にクラッシュするタイプなんだよ……」




 社員たちが沈黙した。


「うわぁ……」


「怖い怖い怖い怖い」


「2年前の海コース、再び?!」


「やめろ、現実的なこと言うな……」


「でも、チャットの言う通りじゃね?」


「ボス、マジでこのままだとΩRMの最重要戦力がぶっ壊れますよ?」


「だから今すぐ休ませるんだよ!!!」


「でも休ませると……」


「違法ファイトクラブ事件再び……?」


「……どっちが正解なんだ?」


「もう、適度に仕事入れて、適度に休ませるしかないんじゃね?」


「バランスが難しすぎる……」


「でも、今のジョージの働き方、フリーランスだからギリ合法って感じ?」


「マジでΩRMの社員じゃなくてよかったな……」


「ΩRMが労基法違反で訴えられる未来を回避したな……」


「……でも、普通にヤバくね?」


「でもさ、これ、ジョージさんがΩRMの役員だったら、イーロン・マスクみたいな働き方でも労基問題クリアできてたんじゃね?」


「あー、それな。役員なら労働基準法の適用外だから、週100時間働こうが自己責任ってことで……」


「つまり、ジョージさんが役員になれば、ΩRMはブラック企業じゃなくなる……?」


「いや、それはブラックの合法化だからな!?」


「ていうか、ジョージさんがΩRMの役員になったら、間違いなく『不眠不休がデフォ』な経営方針になるぞ……」


「『業務効率を考えるなら仮眠は最適』とか言い出して、全員4時間睡眠の生活になりそう。」


「怖っ……ΩRM、ハードコア社畜集団になる未来見えたわ……」


「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 ヴィンセントの叫びがオフィスに響き渡った。

 フランス語の悪態が次々と飛び出し、その勢いは 呪いの詠唱 そのものだった。


「Putain de bordel de merde ! Mais c’est quoi ce bordel ?!」

(クソったれが! これは一体何の茶番だ?!)


「Nom de Dieu, c’est pas possible ! Espèce de malade mental ! 」

(神に誓って、ありえねぇ!! お前、マジでイカれてんのか?!)


「T’es en train de me rendre fou, connard ! »

(お前のせいで俺が気が狂いそうだ、バカヤロー!!)


 オフィスの全員が沈黙する。

 チャットが小声で囁いた。


「……おい、ヴィンちゃん、悪魔でも召喚すんのか?」


 サムが言う。


「いや、もう召喚されてるだろ。ボス自身がな」


 ヴィンセントはデスクをバンッと叩き、ジョージのほうを振り返った。


「ジョージ、お前の働き方は バグ だ!!!

 お前が働き者なのは知ってたけどな!!

 ここまで狂ってるとは思わなかった!!

 てめえ、休暇の概念ってものを理解してんのか!?

 『OFF』って言葉、知ってるか!?」


「……知ってる」


「知ってるなら、使えぇぇぇぇ!!!!」


 ヴィンセントのフランス語の罵倒が止まらない。

 その激しさに、サムが思わずつぶやいた。


「……呪術かな?」


「ヴィンちゃんの呪詛が止まらねぇ……」


「やべぇ、フランス語ってこんなに怒れる言語なのかよ……」


 ヴィンセントは髪をぐしゃぐしゃにかき乱しながら、フランス語と英語を交互に叫ぶ。


「ジョージ、お前はフリーランスの皮を被った社畜ゾンビだ!!!

 俺はこれまで色んな働きすぎた男を見てきたがな!!

 『休むことを知らない最強の労働マシーン』なんて生き物はお前しかいねぇ!!!

 いいか、ジョージ!!!

 今すぐ!

 今すぐ!!!

 俺がチケットを取ってやるからバカンスに行け!!!」


「ジョージを休ませるって、お前……命がけの任務じゃね?」


「いや、もう 『ジョージに休暇を取らせるミッション』で報酬出したほうが良いレベル だろ……」


 だが、その場の誰よりも冷静だったのは 当のジョージ だった。

 ソファに座ったまま、本を開いている。

 ヴィンセントが息を荒げながら指を突きつけた。


「おい、お前!!  俺の話、聞いてんのか?!!!」


 ジョージは無言で目線を逸らしたまま、本の表紙をこちらに向けた。

 そこに書かれていたタイトル――


 “NO LONGER HUMAN”

(もはや人間ではない / 太宰治『人間失格』)


 オフィスが静まり返る。


「…………」


 ヴィンセントが、サムが、チャットが、社員全員が凍りつく。

 サムがそっとヴィンセントに囁く。


「ボス……休ませるどころか、手遅れなんじゃねぇ?」

「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!!」



 ジョージは、何も言わずに本を閉じた。

 硬質な表紙が、指の間でわずかに擦れる音がする。


 静寂の中、オフィスの空気がひんやりと張り詰める。

 ヴィンセントが「やめろぉぉぉぉ!!」と叫んだまま、頭を抱えて沈黙する。

 サムがサイドモニターを操作しながら、「手遅れじゃねぇ?」と囁く。


 だが、ジョージは微動だにせず、ただ黙って彼らの反応を眺めていた。

 表情には出さない。

 だが、心の奥底では、微かな愉悦が広がるのを感じる。


――やっぱ、面白れぇな。コイツら。


「太宰治の『人間失格』を読んでいる」というだけで、彼らの警戒心は一気に跳ね上がった。

 彼らは「ジョージが精神的にヤバいのでは?」と本気で心配し、狼狽えている。


 何もしていないのに、彼らは勝手に疑い、勝手に混乱し、勝手に対策を考え始める


 もちろん、ジョージ自身は気にも留めていない。


 ただ、こういう状況になることは、最初から分かっていた。

 そして、それを狙っていた。


“NO LONGER HUMAN”――「もはや人間ではない」というタイトル。

 普段のジョージの働きぶりを考えれば、これはあまりにも象徴的な一冊だった。


 わざわざ表紙を見せたのは、「さりげなく不安を煽る」ため。

 「彼らの焦りを加速させる」ため。


 ――結果は、予想通りだった。


 オフィスは完全に凍りつき、全員が「ジョージをどうにかしなければ」と思い始める。

 「これはヤバい」と、声を潜めて話す社員たち。

 真顔で「休ませるべきだ」と力説するヴィンセント。

 「いや、でも休ませたら暴走しねぇ?」と、本気で悩むサム。


 そして、カウンターに肘をついて薄く笑うチャット。


――「こいつ、絶対に楽しんでる」


 チャットだけは気づいたらしい。

 ジョージが、わざと『人間失格』を見せつけたことに。

 そして、内心でこの状況を面白がっていることに。


 視線が交錯する。

 ジョージは、あくまで無表情のまま本のページをめくる。

 チャットは、鋭い目つきでそれを見つめ、片方の口角だけをわずかに上げた。


――「お前、いい性格してんな」


 そう言いたげな視線だった。


 ジョージは、それには答えず、本に目を落とす。

 ページの向こうに、葉蔵の言葉が続いていた。


「俺は、まだ失格していない。」


 ふと、誰にも聞こえない声で、心の中で。





ヴィンセントのキレ芸。

モデルは映画「バッド・ボーイズ2」のハワード警部。


本人は真剣にブチ切れているのに、

怖くない・正論・面白い・そしてどこか哀愁漂う・・・

それを目指しました。

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