017:ジムに現れた“異物”を排除せよ
ジムを出た後、キングスリーは苛立ちを隠せなかった。
東洋系の小柄な男。
名前も知らない。だが、あの無言の態度と「客だ」という一言だけで、自分の腕を押し返したことが、どうにも気に入らなかった。
「……チッ」
舌打ちしながら、ジムの前に停めていた黒いSUVへと向かう。
運転席で待機していた手下が、スマホをいじっていたが、キングスリーの表情を見てすぐに姿勢を正した。
「どうでした?」
「……ナンシーのところに、妙な男がいた。目つきの悪い東洋系で、チビ」
ドアを開けて後部座席に乗り込み、シートに深く沈み込む。
手下がエンジンをかけながら、バックミラー越しに伺うような視線を向けた。
「ナンシーの男ってことですか?」
「……さあな。だが、ジムにいたし、俺の邪魔をした」
キングスリーは眉間にシワを寄せ、拳を握りしめた。
邪魔をされた――それが何より気に入らない。
自分が手を伸ばせば、誰でも思い通りに動くのが当然だった。
ナンシーも、例外ではない。
彼女は最終的には、自分のものになる女だと決めつけていた。
だが、あの男は何の感情も見せず、ただ静かに、あまりに自然に拒絶した。
圧をかけても、動じる気配がない。
怒鳴ってもいないのに、なぜかこちらが“下に立たされた”ような気分にさせられた。
「怖いのか?」「お前は何者だ?」と問い詰めたくなるほど、あの無表情は――癪に障る。
「……調べろ」
「調べる?」
「今すぐだ。手を回せ」
「は、はい……で、でも、どうやって?」
「まずはジムの連中に聞け。あの東洋系の男が誰か、知ってる奴がいるはずだ」
手下はすぐにスマホを取り出し、数人に連絡を入れ始めた。
キングスリーはイライラと指で肘掛けをタップし続けながら、ジムを睨む。
「……もし、あの男がナンシーの味方なら?」
口に出した瞬間、胸の奥でじりじりとした怒りが広がった。
ありえない。ナンシーは自分に逆らえる女ではないはずだ。
だが、もし――あの小柄な男がナンシーに力を貸しているのだとしたら?
(……いい度胸だ)
キングスリーはニヤリと口元を歪めた。
邪魔するなら、どうなるか教えてやる。
女も、そのガキも、その周りにいる奴らも――
すべて思い通りに動かせることを、骨の髄まで教えてやる。
「キングスリーさん、連絡つきました。
ジムのスタッフによると、あの東洋系の男、名前はジョージ・ウガジンと言うそうです」
手下が振り向きながら報告する。
「ΩRMの人間だそうです」
「ΩRM?」
キングスリーは眉毛を上げた。
「聞かねぇ名前だな。民間軍事会社か?」
「いえ、民間の護衛屋です。そこそこ腕は立つって噂ですが……」
助手席の手下はスマホを見ながら、どこかおずおずと続けた。
「4年前に設立したばかりで、規模は小さいようです。
代表はヴィンセント・モローという名前が……」
キングスリーは冷たく睨んだ。
「……知らねぇな」
吐き捨てるように言いながら、シートに深く背を沈める。
SUVの中に、ピリピリとした空気が満ちた。
(無名の護衛屋……? 舐めた真似を……)
心の中で煮えたぎる怒りに、指先がかすかに震える。
「で? そいつらが俺の邪魔をする理由は何だ」
「え、えっと……詳しくはわかりませんが、おそらく、ナンシー・グレナン個人が、依頼した可能性が高い、そういう情報が……」
手下はビクビクしながら答えた。
「……ナンシーが、俺に刃向かうために、護衛を雇ったってわけか」
キングスリーの声が一段低くなる。
言葉に鋭い毒が混じった。
手下は言葉を返せず、ただ小さく肩をすくめる。
キングスリーはゆっくりと目を閉じた。
深く、長い呼吸。
だが――
胸の内側では、爆発寸前の怒りが渦巻いていた。
(俺を、誰だと思ってる)
金も、女も、力も――
これまでは、欲しいと思えば手に入ってきた。
だが今、初めて“届かない”感触があった。
それを邪魔しようというのか、あの女と、得体の知れない護衛屋が。
……潰す。
キングスリーはセンターコンソールをバンッ、と平手で叩いた。
手下がビクリと身を縮める。
「……連中の情報を、徹底的に洗え」
抑えた声だった。
だが、銃の安全装置が外れる音よりも、不穏だった。
「家族、友人、恋人、金の流れ、過去の揉め事……全部だ。
引っかかるネタがあれば、引きずり出して叩き潰す」
手下は慌ててスマホを持ち直し、震えた声で答えた。
「……か、かしこまりました!」
キングスリーは口の端をゆがめた。
笑ったのではない。
それは、殺意を押し殺すための、歪な動きだった。
(逆らった代償がどれだけ重いか――嫌というほど教えてやる)




