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121:俺に首輪をつけるな

 沈黙が落ちたまま、数秒。


 ジョージは片桐の視線を正面から受け止めたまま、低く言った。


「……条件がある」


 片桐の眉がわずかに動いた。


「命令は受けない。契約もしない。

 必要だと判断したときだけ、動く」


 その声音は、杭を打つように一定で冷静だった。


「……だから、お前らも俺に首輪をつけるな。

“飼う”つもりなら、今すぐ引け」


 片桐はしばし無言。

 やがて短く息を吐いて、うなずいた。


 ジョージはゆっくりと身を起こす。

 傷のある体をまっすぐにし、言葉を継いだ。


「これは“協力”じゃない。

 生き延びるための交渉だ。必要なら貸す。……ただし」


 声の温度が、少しだけ上がる。


「命の線を越えたら、こちらも変わる。

 ――それだけは忘れるな」


 空気が一瞬、張り詰めた。


 チャットがため息混じりに苦笑する。


「……あーあ。やっぱ乗るのかよ、お前。

 いつもそうだな。地雷原でも、平気で入ってくタイプ」


 軽い口ぶりとは裏腹に、声には焦りがにじんでいた。


 ジョージは何も返さない。ただ、チャットを一瞥する。


 それを見て、チャットが片手を上げる。


「OK、OK。了解。

 お前が決めたなら――

 俺らの仕事は、“お前を壊させない”ってだけだ」


 ヴィンセントが頷いた。


「それでいい。俺たちは誰の犬でもない。

 だが、仲間のためなら牙は貸す」


 片桐が静かに言葉を置く。


「……それで十分だ。

 それ以上の信頼は求めない」


 その声に、かつての官僚の傲慢さはなかった。

 ただ、ひとりの人間が、傷の記憶ごと差し出す掌のようだった。


 病室が静まる。


 ジョージは簡素なベッドの上で身を起こしたまま、動かなかった。

 視線は片桐に向けられたままだったが――

 瞳の奥が、ゆっくりとにじみ始めていた。


 ヴィンセントが無言で背もたれを倒してやる。

 身体が沈む。まぶたが下りる。


「……限界だな。よく耐えた」


 それは、労わりであり、戦友への敬意だった。


 ジョージが小さく唇を動かす。


「……もう……話したくない……」


 それは声というより、ただの呼気だった。

 けれど、それで充分だった。

 術後2週間――ようやく、“ジョージ・ウガジン”が戻ってきた。


 チャットがベッドの端に腰を下ろす。


「おかえり。……しばらくは、寝ぼけた患者でいいさ」


 片桐はベッドから半歩下がり、頭を深く下げた。


「今日は、これで退く。

 続きは……また起きてからでいい」


 誰も引き留めなかった。


 ヴィンセントが無言でブランケットを胸元までかける。

 その動きに迷いはない。


 ジョージはまぶたをわずかに開き、天井を見ていた。


 その視線が、微かに揺れる。


「……寝る。起きたら……また決める」


 それが最後だった。


 まぶたが落ち、呼吸が深くなる。

 照明は落とされない。

 ただ、静かに。“守る者たち”だけが残された。


 片桐が出ていったドアのほうを、ヴィンセントはしばらく見つめていた。

 やがて、低く呟く。


「……案外、悪いタイミングじゃなかったな」


 チャットが片眉を上げる。


「気に入ったのか? あのおっさん」


 ヴィンセントは肩をすくめる。


「信用してるわけじゃねぇ。

 だが、“情報は出す、命令はしない”。

 今の俺たちには、悪くない条件だ」


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