114:で、敵は何だ?組織か?国家か?それとも両方か
サムが無言のままファイルを一つ開いた。
モニターに、古びたJPEGデータが映し出される。
「……あー、これだけ残ってた。兄貴の写真」
サムはエナジードリンクを片手に、目を細めた。
「コーイチ(剛一)
MITの学生。これ、たぶん学生時代のスナップだな。
――まあ、見るからに“理系の勝ち組”って感じだな」
画面に映っていたのは、高身長で精悍な青年。
白いシャツをラフに着て、誰かに向かって優しく笑っている。
その笑顔は、どこか――別の世界線でまっすぐ育った“もしものジョージ”を思わせた。
チャットが、息を呑んだように目を細める。
「……似てるな。目の形と、口元の癖……ジョージが真っ当に育ってたら、ああなってたのかもな」
サムは缶をトン、と机に置いた。
「うん。でも現実には、親も兄貴も死んで、
自分の名前すら奪われて、“ウガジン”っていう借り物で生きてるわけで。
で、本人はそれすら気にしてないっていう」
チャットが低く呟く。
「……皮肉にも程があるな」
「皮肉じゃなくて、仕様だろ。
生き延びるって、たいてい“望んだ結果”じゃなくて“残った選択肢”の中で決まるもんだし」
サムは最後に一つファイルを開いた。
「ちなみに、“ジョージ・ウガジン”って名前の記録は、8歳から突然出てくる。
それ以前の足跡はゼロ。
仮名で施設入り、その後は転々としてる」
チャットが目を細める。
「8歳で死んだはずの“誠”と、8歳から現れた“ジョージ”……」
「つながってるでしょ、これ。見たまんま」
サムはモニターの電源を落とした。
画面が黒くなり、部屋の空気がひときわ冷たくなる。
ヴィンセントは、深く目を伏せた。
「……消された名前の代わりに、偽名を与えられて生き延びた。
それが“ジョージ・ウガジン”ってわけか」
サムは答えず、エナジードリンクの缶をカシャンと軽く転がした。
その音だけが、ブリーフィングルームに残った。
直後、サムは笑いともつかない息が漏れた。
喉が引きつり、肩が不規則に震える。
そして――静かに、涙がこぼれた。
「……あー、来たな。……またか」
そう言いながら、眉一つ動かさずに自分の頬を拭う。
笑っているのか泣いているのか、自分でも判断がつかない顔で。
チャットは無言でティッシュを差し出した。
ヴィンセントが咽せかけたサムの背中を、どん、と軽く叩く。
「お前な……流石に飲みすぎだろ。
また脳みそ詰まってぶっ倒れるぞ。
今度は“感情失禁”の後遺症だけじゃ済まねぇぞ」
山になったエナジードリンクの空き缶を見て、ヴィンセントが半ば呆れながら吐き出す。
サムは目を拭きながら、ぼそっと返す。
「そんときはさ、こいつを点滴で流し込んどいてくれ。
カフェインで魂だけ動くかもしんねぇから」
自嘲でも開き直りでもなく、ただの事務的な返答。
チャットは小さくため息をついた。
「……そのうちマジで死ぬぞ」
「そしたら楽でいいじゃん。
感情も発作も止まるし」
チャットは呆れ顔で空き缶を見つめ、ヴィンセントはその様子を無言で眺めていたが――
やがて天を仰ぎ、ぽつりと吐き出した。
「……なんでウチには、こんなヤツばっかりなんだ……」
その一言に、間髪入れず――
「社長の人徳だろ?」
「選球眼の問題じゃね?」
チャットとサムが、同時に、別のことを言った。
一瞬の沈黙。
ヴィンセントが口を開く。
「……お前ら、示し合わせてやってんのか」
「いや、だって真実ってたいてい複数あるじゃん」
と、サムが無表情で缶を片付けながら言った。
「ところで、敵は何だ?」
チャットが問うた。
その声音は、仲間としての問いではなく――責任者としての判断確認。
「組織か? 国家か?」