108:すまん。また飯、奢る。
白いシボレー・サバーバンは、処刑の建物から少し離れた路地に停められていた。
ヴィンセントは運転席に座っていたが、背もたれに寄りかかれず、肘をハンドルに乗せて前を見ていた。
足元には、バンデージを詰めた救急キット。
助手席には、水とプロテインバー。
ジョージがいつも口にするやつだ。
だが、それを出す手が、もしも冷たくなっていたら――
そう考えるたび、胃が重くなる。
スマホの画面は暗い。通知はこない。
ヴィンセントは画面を見つめたまま、拳を膝の上で握り締めた。
「……また格好つけやがって。
何回言わせんだ、“戻ってこい”ってのは冗談じゃねぇぞ」
その時、クラブ・ドミニオンの裏口が、わずかに軋んだ音を立てて開いた。
白い外灯が、ゆらゆらと揺れる影を照らし出す。
ジョージが姿を現した。
右手に下げたサブマシンガンはすでにロックが外されていた。
歩幅は均等ではない。足元がふらつき、何度か体が揺れた。
それでも、彼は前へ進んだ。
何事もなかったかのように、背筋だけはまっすぐに。
サバーバンの陰にいたヴィンセントが、影の中からすぐに動いた。
手にしたグロックのセーフティを外し、警戒するように周囲へ目を配る。
闇の奥、ビルの上、非常口――敵影なし。だが油断はしない。
ジョージの元に駆け寄ると、彼の体を片腕で支えた。
その瞬間、ヴィンセントの顔がわずかに歪んだ。
ジョージの体は、まるで抜け殻だった。
温度があり、重みがあるのに、どこか「生きている」の実感が薄かった。
「まったく……お前、何回死にかけで帰ってくるつもりだ?
……バカヤロウ」
かすれた声が漏れる。
怒りとも、安堵ともつかない、絞り出すような音だった。
「……すまん。……また飯、奢る」
ヴィンセントが眉をひそめたが、次の瞬間、小さく吹き出した。
ジョージの唇には、かすかな乾いた笑みが浮かんでいた。
ヴィンセントはジョージを支えながら、サバーバンの助手席のドアを開けた。
中に座らせると、迷わず左手に巻かれた爆弾スイッチに手を伸ばす。
ラップとテープの束を乱暴に剥ぎ取り、コードの接続部を睨むように見極めた。――そして、プチン、と手早く引き抜く。
ジョージの腕が、ほんのわずかに力を抜いたように垂れた。
もう、押しても何も起こらない。
爆薬も外す。
「……お前、ほんとバカだな」
そう言いながら、助手席のドアを閉めた。
ヴィンセントはふと息をつき、運転席に座ると深く腰を落とす。
その目元は、ぼやけていた。夜風のせいではない。
光の反射で、涙がわずかに滲んでいた。
「帰るぞ。……相棒」




