104:クラブ・ドミニオン、地下室に通せ
26:25。
サバーバンは、クラブ・ドミニオンの前に滑り込むように停まった。
ネオンの光が、濡れたガラス越しににじむ。
深夜の空気が、車内に重く降りていた。
ジョージは黙ったまま、胸元に手を入れる。
紫のスティックを取り出す。
薄いビニールを裂き、フィンタニルのロリポップを指先で転がす。
迷いはなかった。
静かに、それを口に含む。
薬剤の冷気が、舌先から喉奥まで沈み込んでいく。
神経がひとつずつ研ぎ澄まされていく。
目の奥が、無機質な静けさに染まっていく。
右腰に装着された実爆の配線を確認。
前ベルトに沿わせたスイッチケーブルを、左指に通す。
親指と中指で確実に噛ませる位置。
それを、ヴィンセントが上からラップで包み込む。
舌打ちが落ちた。
「……タバコの火、間違って近づけんなよ。
後片付けすんの、俺なんだからな」
ジョージは反応しない。
皮肉も忠告も、音と同時に流していく。
ただ、ひとこと。
「……行く」
ドアの開閉音が、夜に響く。
外の空気が、重たい静けさを連れてくる。
ヴィンセントはハンドルに片手をかけたまま、視線を送った。
目元は鋭い。だが、その奥にあるものは怒りではなかった。
言葉にできない何かが、肺の奥でくすぶっていた。
それでも、声にしたのはたった一言。
「ちゃんと帰ってこい。
……《《部品拾い集める趣味》》はねぇんだ」
掠れた声だった。
命令ではなかった。
祈りでもなかった。
ただ、“届いてほしい”という願いだけが込められていた。
ジョージは振り返らない。
返事もない。
ただ、歩く。夜の中へ。
ドアが閉まり、闇に溶ける。
コートの裾が、無風の空気にわずかに揺れた。
その歩調に合わせ、布地がかすかに鳴る。
左手は、ラップに包まれた爆薬のスイッチをしっかり握る。
右手には、黒い小型のサブマシンガン。
それは銃というより、延長された神経だった。
唇の端には、フィンタニルのスティック。
だが数歩、歩いたところで――ジョージはふと立ち止まる。
無言のまま、それを口から抜き、
アスファルトに落とした。
棒が小さく回転し、乾いた音を立てて止まる。
もう要らない。
痛みも、甘さも、逃げ道も。
目の前にそびえるのは、クラブ・ドミニオン。
賑わいを失った建物の外観は、ネオンだけが明滅している。
まるで抜け殻のように、無駄に明るい。
エントランスに、セキュリティが2人。
ジョージを認識した瞬間、警戒が走る。
腰に手を伸ばし、銃が抜かれる。
だがジョージは止まらない。
ゆっくりと、コートの前を開いた。
胸。
腹。
右腰。
巻かれた爆薬が露わになる。
本物はひとつ。それで十分だった。
セキュリティたちは硬直する。
銃を構えたまま、判断を保留している。
そこへ、ジョージの声が割り込んだ。
「ジョージ・ウガジンだ。
交渉に来た。……ブラックルームに通せ」
抑揚のない声。だが空気が変わる。
沈黙が、ひときわ濃くなる。
右の男がインカムに手を当てる。
左の男は、銃を下ろせないまま、目を逸らさなかった。
ジョージはもう視線を返さない。
ただまっすぐ、闇の奥――
決着の場所へと歩を進めていく。