087:殺して、肉を削いで、犬に食わせてやる。
静寂が、壊れていた。
廃教会の空気が、ねじれていた。
火薬の残り香。鉄の味。焼けた皮膚の焦げ。
祈りの空間は、今や内臓を引き裂かれた神の骸――ぬめついた闇に沈んでいた。
中央に立つのは、キングスリー。
煤に汚れた濃灰のコート。返り血の斑点。
燃え残りの礼拝堂のなかで、唯一、生きているものの姿だった。
足元には崩れた肉の山。
味方の弾に倒れた兵士――最年少だった。
まだ17にも満たなかったはずだ。
腹を撃ち抜かれ、足だけが痙攣していた。
手が震えながら宙を彷徨う。空を掴むように。
「ボス……ス……、お……れ……」
喉の奥で泡立った血の声。
床にしみた血溜まりが、微かにそれを伝えていた。
だが、キングスリーは見下ろさない。
顔は笑っていた。けれど目は、焼けただれた銅のように狂っていた。
「……ハッ……アハッ……あぁ、そうか。そういうことか」
声はひび割れていた。
感情の所在が見えない。
怒りか、歓喜か、あるいは壊れた機械の音。
「“処刑人”だの、なんだのと……いい気になりやがって……
俺の舞台で、俺のルールを壊して……ッ!」
足元の若い兵士が、何かを言いかける。
だが、キングスリーの靴が、その手を踏み越える。
砕けるような音。骨の悲鳴。
それでも歩みは止まらない。
「“助け”が欲しいなら……
最初から、撃たれてんじゃねぇよ」
上着の内ポケットから携帯を引き抜く。
震えていた。拳か、喉か、全身か、もはや判別がつかない。
「――掃除班。……今すぐ来い。
廃教会。……数人の死体と、吐血してるガキがいる。
……そいつらが動かなくなるまで、片っ端から詰め物して焼け。
いいな? “塵”ひとつ残すな。
警察が来る前に片付けろ。
俺の経歴を汚すな……ッッ!!」
咆哮とともに、携帯を床へ叩きつけた。
ガラスと金属の音が跳ねる。
石畳の上を、汚れたコートの裾が静かに擦れた。
「許さねえ……あのガキ……あのチビッたガキが……ッ!!」
肩が上下する。
呼吸はもう制御されていなかった。
獣が逃げた獲物の残り香を追うように、キングスリーは教会を飛び出す。
外の空気が割れた。
夜風がコートをはためかせ、髪を乱し、黒い瞳に火を灯す。
駐車していた黒いSUV。
運転席のドアを乱暴に引き開け、ハンドルに両手を喰い込ませるように握り込む。
「逃げたな、ジョージ。逃げたな……ッ!」
声が車内に跳ね返る。
怒号とも、笑いともつかない、獣のうめき。
「俺の舞台から……俺の前から……俺の“女”と“餌”を連れて、逃げやがった……!」
ペダルが踏み抜かれる。
タイヤが土砂を跳ね上げ、車体が地を裂くように発進する。
「殺す。殺す……!!
骨まで削いで、臓物引きずり出して、犬に食わせてやる……!
殺してから蘇らせて、また殺してやる……!
俺の舞台を穢した代償、血と肉で払わせてやる!!」
血走った目が、フロントガラスの向こうを睨む。
標的の姿はない。
だが、キングスリーの中では確かにそこにいた。
「待ってろよ、ジョージ……
逃げ場なんざ、この街にはねぇんだ……!」
――神を演じた男が、自ら怪物に堕ちていく。
黒い彗星が、闇を裂いて走り去った。




