086:白いセダン
一瞬だった。
ジョージの体が風を切り、影から飛び出す。
その動きはあまりにも唐突で、あまりにも速かった。
「撃てッ!」
誰かが叫ぶより先に、銃声が響く。
複数の閃光が交差し、教会内に火花が散る。
だがその弾道は、狙い定まらぬまま宙を裂いた。
パニックに陥った部下たちは、半ば反射的にトリガーを引き合う。
お互いを打ち合うクロスファイアが始まった。
「やめろ! バカども、撃つな!!」
キングスリーの怒声が響いた。
だがそれは、止まるには遅すぎた。
1人、2人、3人……と味方の銃弾に倒れていく。
その混乱の中――
ジョージはすでに地を滑るように動き、柱の陰に滑り込んでいた。
その胸元で、パキンという金属音。
閃光弾のピンを引き抜く音だ。
「……ちょっと騒がしくなるぞ」
自嘲気味に呟き、教会の中央――かつて聖水を満たしていた洗礼盤の裏にそれを転がす。
次の瞬間――
世界が焼けた。
白い閃光が教会内の闇を裂き、爆音が鼓膜を殴る。
その一撃で視界も聴覚も奪われ、敵は完全に混乱した。
ジョージはすかさず飛び出し、転がるようにして駆け抜けた。
敵は十分減らした。
これなら、ジェシカとワラビーに追っ手が掛かることはない。
それを確信しながら、ジョージはただ、教会の外に飛び出した。
呼吸が荒い。
防弾チョッキ越しに受けた二発の衝撃が、骨の芯まで鈍痛を残していた。
一瞬、膝を着きかけたが、踏みとどまる。
その時、埃混じりの風が吹き抜けた。
廃教会の前、砂煙の向こうから、白いセダンが飛び出してくる。
車体は小刻みに揺れ、助手席側のフロントバンパーは大きくへこんでいた。
右前輪もわずかに傾いで見える。
ぶつけたのは明白だ。
急ブレーキと共に車体が斜めに止まる。
助手席のドアが半開きになり、ジェシカが身を乗り出して叫んだ。
「ジョージ!! 乗って!!」
隣のワラビーはハンドルを握ったまま、顔が真っ青だった。
膝が震えているのが、遠目でも分かる。
ジョージは運転席側へ回り込むと、ワラビーと目が合いドアを開けた。
「……運転、代われ。
2人とも、後部座席に乗れ」
ジョージはドアを開け、ワラビーを引きずり出すようにして運転席に座った。
「す、す、すみませんっ!
あの……これ、たぶん敵の車で……!
でも他に、動かせる車、なくて!
でもコレだけ、鍵が刺さっててっ……」
ワラビーは早口でまくしたてる。
「運転したことなくて……!
アクセル踏んだら勝手に動いて、で、あそこの柱に……!
なんか、右前の方からすごい音して……ぶつけちゃって……っ!」
先に後部座席に移動していたジェシカが、「落ち着いて!」と肩を叩く。
しかし、ワラビーはほぼ呼吸困難だった。
「ほ、ほんとすみません、でも動かさなきゃって思って……!」
ジョージはハンドルを握ったまま、ちらりとワラビーを見て、低く言う。
「……よくやった。ベルトしろ」
その一言に、ワラビーの肩が脱力する。
ジェシカも、ぎゅっと口元を結んでシートベルトを締めた。
「姿勢は低く。目は閉じてろ。少し荒れる」
ジョージはサイドミラーで背後を確認し、短く息を吸ってアクセルを踏み込んだ。
タイヤが土を跳ね上げ、白いセダンは戦場を抜けるように、夜の闇へと滑り出した。