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084:振り返るな

――リッジラインが、爆ぜた。


 空気が裏返るような衝撃。

 閃光が視界を焼き、爆風が地面を這うように広がった。


 車体が跳ねるように吹き飛び、金属片が四方に飛び散る。

 火球が夜空を照らし、土煙と熱気が一気に押し寄せた。


 ジョージはワラビーとジェシカを抱き込むように覆い、全身で盾になった。


 けれど、ワラビーの体は大きすぎた。

 ジョージの腕の中に収まりきらず、肩がわずかに外へはみ出していた。


 その瞬間、金属の破片がワラビーの肩口に直撃した。

 鈍く、重い音。皮膚を裂く感触が空気を裂く。


「っ、いって……!」


 呻きが漏れたが、ワラビーは崩れなかった。

 ジョージは、腕に伝わるわずかな震えを感じながら、さらに力を込めた。


 焼けた鉄の匂い、火薬、土。

 熱と血のような風が、背中を叩いていた。


 爆風が過ぎ去ると、ジョージはワラビーの傷を確認した。

 裂けたシャツの隙間から、血がじわりとにじんでいた。


 深くはない。


 ジョージはベルトポーチから包帯と止血帯を取り出す。

 素早く出血部位を圧迫し、布を巻いた。

 動きは冷静で、正確だった。


「……擦り傷っす。たぶん、大丈夫っす……」


 ワラビーは強がるように言ったが、顔はわずかにゆがんでいた。


 そのとき、ジョージの耳がかすかな砂利音を捉えた。

 風上から、複数の足音。敵が迫っている。


 ジョージは風向きを読むと、すぐに風下を指さした。


「ワラビー、ジェシカ。あっちだ。風下へ逃げろ。

 身を低くし、鼻と口を覆え。人のいる場所まで出ろ」

「ジョージは?!」「ジョージさん!!」


 ふたりの悲鳴のような声に、ジョージは顔を向けず、低く叫んだ。


「俺が足止めする。

 待つな。振り返るな。行け。行くんだ!!」


 そう言うと、ジョージはワラビーの胸に、ジェシカの体を強引に押し込んだ。


「行け!!!」


 叫ぶと同時に、ワラビーの背中を力任せに叩いた。

 大柄な体がつんのめり、反射的にバランスを取るように走り出す。

 そのまま、ジェシカとともに、煙の向こうに消えていった。



 煙の中、ジョージは息を潜めた。

 風下に向かって、微かな足音が近づいてくる。

 しゃがんでいる音ではない。

 立ったまま、踏みしめるような重さ。


 3人。


 視界はまだ白く濁っている。

 だが、彼にとってそれは意味を持たなかった。


 左手が、脇腹に仕込んでいたタントーナイフを抜いた。

 黒光りを吸い込んだような刃が、煙の中に無音で現れる。


 刃渡りは13センチ。突きを極めた、直線の造形。

 日本刀の切っ先を切り出したようなそのフォルムは、生き死にの境を一瞬で分かつための刃だった。

 迷いも誇示もない。ただ、終わらせるために研がれた線。


 一歩。

 音も呼吸も殺して、足元の小石を避ける。


 最初の1人は、まだ銃を構える前に、喉を裂かれていた。

 反射的に手を添え、ゆっくりと倒れる音すら消すように地面へ伏せさせる。


 わずかな気配の変化に、残る2人が気づく。

 銃を持ち上げようとした――その一瞬が、生と死の分岐だった。


 ジョージは滑るように踏み込み、水平の刃を突き出す。

 2人目の腹に食い込んだ刃は、骨を避けて臓腑を切り裂き、空気を押し出すような声を漏らさせた。


 3人目が背後に回り、引き金に指をかけたとき――

 すでに、ジョージの肘が顎を砕いていた。

 落ちた銃に目を向ける暇もなく、喉元に静かに刃が走った。


 呼吸ひとつ。

 音もなく、3人の命が断たれた。


 ジョージはナイフを素早く拭い、伏せたまま前方の影を見据えた。


 ――廃教会。

 崩れた壁が、まるで呼吸するように夜気を吸っていた。


 そこにいる。

 気のせいではない。臭い、重さ、空気の振動。

 “生”とは異質な何かが、その奥で息を潜めている。


(外での打ち合いはだめだ。

 流れ弾があいつらに当たるリスクあり。

 なら、中で終わらせる)


 判断は即決。


 ジョージは裏手に回り、崩れた窓から滑り込んだ。

 黒い影が、闇へと溶けていく。


 次の戦場は、静寂の中に待っていた。

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