073:処刑サインが静寂を裂く。
ジョージはスマホを片手に、車内を一瞥した。
「……ここで待て。電話してくる」
低く落ち着いた声だった。
ライルが小さく頷いたのを確認し、ドアを閉める。
夜風が頬をかすめると同時に、指先が履歴をなぞる。
──ヴィンセント・モロー。
ワンタップで発信。
コールは1度で繋がった。
『よォ。こっちはまだ報告待ちなんだが、なんかあったか?』
「……3つある」
ジョージの声が鋭く切り込む。
受話器越しの空気が、わずかに引き締まった。
『言え』
「1つ目。少年を保護した。
15歳。キングスリーの使い走りだ。
命令を受けてスニーカーを投げた。
貧困と虐待の痕あり。
身元確認済み。
弁護士を寄こしてくれ。
扱いは“証人”として」
『了解。すぐに手配する。……次』
「2つ目。キングスリーが動いた。
今度は本気だ。
ナンシーたちを避難させる。今夜中に。
前回は探り。今回は“実行”だ」
『……マジか。場所はこっちで押さえる』
「詳細は後で送る。
優先すべきは、4人とも安全圏に出すこと。
それだけだ」
『任せろ。3つ目は?』
数秒の間。
「交渉に入る。計画を前倒しする。
……その準備に、これから入る」
受話器越しに、わずかな呼吸音。
ヴィンセントが何かを察した気配が、静かに伝わってくる。
『……おい。まさか、例の靴って──』
「ああ。2足目が来た。
裂かれ、赤く塗られていた」
『……処刑のサインじゃねぇか。
それ、完全に“見せつけ”だぞ』
「“誰が上か、思い知らせる”
──あいつはそう思ってる」
『それで子ども使うのかよ……クソが……』
「だからこそ、もう見逃さない。
あれは明確な“実行”だった。警告じゃない」
ジョージの声に、熱が混ざる。
制御されたまま、確かに火が灯っていた。
「だから俺は──処理に入る」
通話の向こうで、ヴィンセントが短く息を吐いた。
『……もう“警察に渡せば済む”相手じゃねぇ。
外にバレるのが怖いって段階は、もう超えてる。
止まらねぇぞ、ジョージ』
「分かってる」
即答だった。迷いはない。
「だが皮肉なことに──あいつ、自分で致命的な証拠を残してくれた」
『どういう意味だ?』
「奴は組織の薬物を、外に横流ししてた。
──録音、録画、完了済み。
データも確保した」
『……それ、警察に出す気か?』
「いや。違う。出すのは“組織の中枢”。
キングスリーの“上”に直接、通報する」
沈黙が落ちた。
その数秒が、すべてを物語っていた。
『……つまり、組織の手で奴を処理させるってわけか。
裏切り者として始末させる』
「あいつが撒いた毒が、自分に返るだけの話だ。
強欲すぎた。支配に手を伸ばしすぎた」
『冷たいな、お前……いや、冷静って言うべきか』
「どっちでもいい。結果が出れば、それでいい」
ジョージは、目を伏せたまま続けた。
「もう、泳がせる時間は終わりだ。
仕掛けてきたのは奴。なら、こちらも応じる。
──“落とし前”をつけさせる」
言い終えると、通話を切った。
夜は静かだった。だが、空気はすでに戦場の匂いを帯びていた。
◇
ジョージがリッジラインのドアを開けると、ライルがこちらを見ていた。
チョコバーを手にしたまま、虚ろな目で。
ジョージは無言で頷き、短く告げる。
「……君には、安全な場所が必要だ。
この家の人たちと一緒に避難してもらう」
ライルは何も言わなかった。だがその瞳に、恐怖以外の感情がわずかに灯った。
「ここで待て。今から3人呼んでくる。
その間、身を隠せ。見られないように、足元に潜れ」
ライルは躊躇いながらもうなずき、後ろへ体を滑らせる。
フードを深くかぶり、身を屈めるその姿は、小動物のように静かだった。
気配を消す術を、いつのまにか身につけた子ども。
ジョージは一度だけ、車内を見た。
その目に映っていたのは、使い捨ての駒ではない。
守るべき命だった。




