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還る僕らにララバイを  作者: 阿里紀章
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
9/21

8話 - 鬼人 対 死人

 第六階層の探索も終盤に差し掛かってきた。トラップの類はほとんどニャスカが発見、解除してくれているし、道が複雑になりそうなときにはロランが壁を抜けながら先の様子を確認してくれる。そして、魔力でものを視ている僕は、目に意識を集中させればどちらが階層の奥へと繋がっているか判るときがあった。

 そうやってアンデッドとしての特性を活かしながら力技で探索を進めてきた。何よりも大きな点は、生きている人間と違い、わざわざ地上まで戻らなくとも休憩して力をつけ続けられることだ。同業の探索者がいたら、ズルをしていると糾弾されていることだろう。


 ニャスカの勘によれば、次の通路を潰せばその先に階層主がいる可能性が高い、らしい。

 通路に入りしばらく歩いたとき、ニャスカが何かにピクりと反応して立ち止まる。

「この階層の最後は、どうやらオーガかゴーレムってとこかな。ただの木偶の坊なら話は簡単だけど……」

 ぶつぶつと呟くニャスカがなんのことを言っているのか最初は分からなかったが、通路を進むうちに重たい足音が僕にも聞こえてきた。

「ハハハ、部屋に入る前からずいぶん元気なことですねぇ。どれ、ちょっと失礼してきますね」

 そう言うと、ロランが頭を壁に突っ込む。

「アンタそれほんっと狡いよね。味方なら頼りになるからいいんだけどさー」

 おそらく斥候として偵察の技術を磨いてきたであろうニャスカにとって、ロランの芸当はもはや反則に近かった。

 彼はしばらく尻だけを壁から見せていたが、やがて壁のこちら側に戻ってきた。ニャスカの見立て通り、屈強な鬼人(オーガ)が待ち構えているとのことだった。体格や武器の情報を事前に知り、作戦を立てていく。

 僕が敵を挑発して盾で受け、ニャスカが隙を見て遠くから脚を中心に削っていく。ロランが防御の祈祷でサポート。そして敵が鈍ってきたら、ニャスカがナイフで急所を狙う。それで問題が無ければ倒せるはずだ。


   ◆


「でも、本当にいくんですか? なんだか、強そうですよぉ……」

 作戦を立て終わったというのに、ロランはいつにも増して悲惨な表情を見せている。

 僕とニャスカは顔を見合わせていたが、やがて僕はコクリと頷き、剣を抜き放って門に向けた。

(行こう……!)

 ニャスカが頷く。ロランは見るからに腰が引けているが、いざという時は頼りになる。きっと大丈夫だろう。

 力を込めて扉を押すと、低い唸り声をあげながらゆっくりと開いていった。


 緑色の肌の鬼人(オーガ)。一つ目に二本の角、僕の二倍はあろうかという巨躯は暴力的な筋肉で覆われており、手には巨大なこん棒を携えている。

 ロランから聞くのと実際に見るのとでは大違いだ。盾を持つ手に力が入る。気づくと顎がカタカタと鳴っていた。骨になっても武者震いってするんだな。そんな考えを振り切るように、とにかく一歩前に出る。みんなの盾となるんだ!

 僕らを敵とみなした鬼人の咆哮が広い空間内に響き渡る。

 前に走る。盾を剣で叩き、とにかく注意を向ける。ニャスカとロランは左右に散会して距離を取る。オーガが僕を蹴散らそうと前に進み出ると同時、ロランの声がこだまする。

「信仰こそ我が盾。神の御意志にてその身を守らん。〈頑健祈祷(プロテクション)」〉」

 ロランの言葉が僕に届くと、関節と関節、そして盾にマナが寄り集ってくるのが分かる。初撃、敢えて剣を鞘へ収める。こん棒が振り降ろされる。脚を踏みしめ両手で盾を構える。衝撃が全身を襲う。盾こそ取りこぼさなかったが、身体が大きく横に流される。

(なんて膂力だ! 両手でも崩されるなんて……!)

 振りかぶった隙をニャスカが見逃さない。脚の健を狙いすました投げナイフが、真横から刺さる。二本、三本と連続で投げ抜かれ、緑色の脚からどくどくと血が噴き出した。

 激怒してニャスカに突進しようとするが、室内に別の祝詞(のりと)が反響した。ロランの〈遅延祈祷〉だ。敵の動きが数秒の間だけ鈍る。距離を取ったニャスカとの間に割って入り、また盾を構える。

(よし、いけるぞ!)

 これを続ければ勝てると考えた瞬間、オーガの右腕の筋肉がいっそう張り上がる。絶叫しながらの振りかぶり。

「ダメ、避けて!」

 ニャスカが叫ぶが、回避が間に合わない。慌てて両手で盾を構え直そうとするが、先ほどとは比べ物にならない威力でこん棒が振りぬかれる。まるで暴風が巻き起こったかのような一撃で、左腕が盾ごと吹き飛ばされた。

 見逃さないとばかりに殴りかかろうとしてくる鬼人の手首に、鎖分銅が巻き付く。鎖を両手で掴んだニャスカがなんとか耐えているが、既に手の皮膚ばかりか肉もろとも千切れかけている。

「こんの馬鹿力ヤロォ……ッ‼」

 鬼人が激しく鎖を引っ張ると、逆にニャスカが壁の方まで吹き飛ばされてしまった。敵の力を完全に侮っていた。戦線はもう殆ど壊滅している。

 腕が自由になった鬼人がさらに僕のほうに詰め寄る。こん棒を振り上げる。

(終わった……!)

 と、突如その一つ目頭から、ぬぅっとロランの身体が透過して出てきた。突然視界に現れた霊体に驚いてこん棒を左右に振るが、ロランの身体をすり抜けるばかりだ。ロランが掌を前に突き出して叫ぶ。

「邪なる闇を神の威光にて照らし出さん!〈聖光(セイント・ライト)〉」

 手の先からまばゆい光が放たれた。零距離での目くらましに、鬼人が目を抑えて暴れ出す。

 が、その光に照らされた僕も火傷するかのような熱を感じる。あの時の女司祭ほどではないが、根源的な恐怖を煽る光だ。ニャスカも目を覆ってうずくまっている。

 みると、聖なる光が霊体の輪郭を削るようにゆらめいている。当のロラン自身も空間に溶けかかっているではないか! 自分を消耗させながらもなお祈祷を止めようとしない彼に、ニャスカが叫びながら文句を言う。

「ちょっと! 何してんのそれ、引っ込めて‼」

「緊急だった、もので……っ!」

 目がくらんでいるものの鬼人は完全に動きを止めてはおらず、むしろ出鱈目にこん棒を振り回し暴れている。暴力的な光は収まったが、まだこれでは僕もニャスカも近寄れない。

「はぁ、こうなったら奥の手です。コレだけは使いたくなかったのですが……」

 ロランが本当に嫌そうな顔で呟くと、今度は鬼人の耳に自分の顔を近づけ、大きく息を吸い込んだ。空間のマナが冷える。それは地の底から響き渡るように空間を震わせた。

「おぉぉお(ゆる)しくださあぁぁぁいぃぃぃぃーーーーっ‼」

 純粋な魔力の乗った叫び声が耳に吸い込まれると、鬼人は頭を抱えて震え出し、力の限り吠えた。否、悲鳴を上げたのだ。バンシーが使うという慟哭の叫び声、それが超至近距離で放たれた。ロランのなんとも情けの無い叫びは念波となって鬼人の脳髄に侵入し、容易にその精神を崩壊させた。

 体制を立て直したニャスカがこの隙を逃すまいと一気に詰め寄る。身動きの取れなくなった鬼人の首元に、鋭い短刀が容赦なく突きこまれる。

 鬼人は断末魔をあげてうつ伏せに倒れると、そのまま霧となって消えた。モンスターの持っていた存在感が僕たちそれぞれの身体に吸収されていく。

 一仕事終えたという風ですっきりした表情のニャスカがロランの方に駆け寄る。

「しっかし、最後のアレは一体なんのつもり? 敵に命乞い?」

「いやいや、あくまで聖職者として神に許しを乞うただけですよ、ハハハ」

「ま、なんにせよ助かったー! またヤバかったらアレやってよ」

「いえ、あれは本来は悪霊が持つ怨念による力。いち聖職者のポリシーとして、もう使わないように致します」

 ニャスカもようやくロランと打ち解けてきたみたいだ。ヘラヘラと冗談を言っても彼女が怒っている様子はない。そんな二人の会話を聞いて、僕は心底ほっとしていた。

 しかし一方、敵の攻撃を受けきれず味方が危険な状況に陥ったことを反省しなければならない。深層に行くにつれ、敵もどんどん強力になっていく一方のはずだ。このままではいけない……!


 そんな風に思い悩んでいたところ、突如この大空間の入り口の扉がぎぃと音を立てて開いた。

(まずい、完全に油断していた! 新手の冒険者⁉)

 二人も一気に警戒態勢に入るが、どちらも消耗が激しい。僕なんてまだ片腕が取れたままだ。なんとか戦いを回避できないだろうか。

 扉が完全に開かれた。その向こうに立っていたのは、東洋風の着物に身を包んだ少女だった。簡素だが、独特な雰囲気の衣服だ。その顔は青白く、まるで生気というものを感じさせない。ジトっとした目がこちらを値踏みするように見据えている。丸いツバの帽子を被っており、正面には何か呪布のようなものが貼り付けてある。

 他には誰も部屋に入ってくる様子はない。こんな洞窟の中層で、たった一人なのだろうか?

 その風変りないで立ちと異様な雰囲気に気圧され、他の二人も警戒するだけでただの一言も発せなかった。

「終わった? 邪魔だから、出てって」

 ボツりとただ一言、不機嫌そうな響きでそう言い捨てた。

 こちらに敵意があるわけでは無さそうだが、まだ警戒は解けない。ニャスカが一歩も動けないでいるのなら、こちらから何か行動をしかけるのは得策ではない。

 そんな僕の緊張を他所に、対話を試みようとでもいうのか、ロランがゆっくりと浮遊しながらその少女に近づいていく。その後ろ姿に、僕は嫌な予感しかしないのだった。

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