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還る僕らにララバイを  作者: 阿里紀章
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
5/21

4話 - 生者と死者

 第三層の敵にも少しずつ慣れてきたときのことだった。通路を歩いていたニャスカが鼻をぴくっとさせて立ち止まる。

 「……いる、わね」

 足を止める。ニャスカが身を屈めて闇の向こうの気配を探る。片方の耳は洞窟の壁面にぴたりとつけ、もう片方の耳には手を添えている。数秒ほどしたあと、ニャスカが鋭く目を細める。

「ヒトだ。それも複数」

 いつかこの時がやってくるとは思ってはいたが。冒険者に広く開放された洞窟であるから、いずれは鉢合わせるはずだとは考えていた。ただ、まだ心の準備ができていない。

「どうせここで逃げてもウロウロしてりゃまた鉢合わせる。こっちだけが把握してるなら、有利な状況で無力化しちまった方がいい」

 しかし、相手が上級パーティなら? 万が一、パーティに聖職者がいれば? 不安は尽きない。

「ま、危なそうならさっさと逃げるけどね……  きた。隠れて」

 ちょうど良い窪みに二人で身を潜める。ニャスカの顔が近くてドキドキしそうになるが、そんなことに気を取られている場合ではない。目に意識を集中して遠くを見ようとすれば、暗闇は更に遠くまで見通せる。

 前衛二人、後衛二人。バランスはいいが、僧侶のように見える人物はいない。足取りは軽い。だが、この第四階層を歩くにはやや軽率な歩き方にみえる。トラップへの警戒も薄い。こちらまで響く声で雑談をしている。よほどの上級者なのだろうか。

「ん〜、歩き方がなってないね。適当に怖がらせて退散してもらいましょ。合図でダッシュ、ジルは前衛を適当にあしらって」

 適当にっていったって! ニャスカはやる気満々という表情だ。慌てて地面に文字を書く。

『怪我 させない』

「わぁーってるって、このニャスカ様をなめんなっての」

 彼女はそう言うやいなや、腰のポーチから小さな煙幕弾を取り出し、素早く着火するとそのまま通路に放り込んだ。たちまち辺りに灰色の煙が充満し、冒険者達が慌てふためく。

「…………いま!」

 静かに鋭く言い放ってニャスカが飛び出す。遅れないように自分も走り出す。

 魔物が全速力で暗闇から現れることは流石に予測していなかったのだろう。僕らが接近してから初めて彼らは武器を手に取った。やはり彼らはまだダンジョン探索の経験が浅いようだ。

「て、敵襲!」

 慌てて叫ぶ剣士に向かってそのままタックルをぶちかます。そのまま壁面までぶつかり、盾を取り落とした。大きな隙ができたが、剣で攻撃したりはしない。驚いて逃げてくれればそれで良い。

 ニャスカの方を見ると、詠唱を開始していた後衛の杖を鎖分銅を使って絡め取っていた。一瞬の早業。煙から転がるように出てきた槍戦士(ランサー)が叫ぶ。

「くそ、アンデッドがなんでこんな技をっ⁉︎」

 混乱しながらもニャスカに突き込もうとしてくる。その間に割って入り、剣の腹で受ける。魔物の攻撃とは比べ物にならない鋭さのひと突き。だが。

(視えるぞ、踏み込みが甘い!)

 僕の剣技でも十分に通用する。相手の姿勢を崩し、槍を大きく逸らされた戦士がたたらを踏む。

「なんなのこいつら! 炎の精霊よ! 火球となりて我が敵を…… きゃっ⁉」

 詠唱を始めたもう一人の魔術師(メイジ)の頬を投げナイフが掠め、練ろうとしたマナが霧散する。

 はじめに盾を落とした剣士が叫ぶ。

「……っ! 撤退! 走れ‼︎」

 まず後衛が、そしてこちらを睨んでいた前衛二人も後退りしている。このまま逃げてくれと思いながら、そばに落ちていた盾を拾った。これは返してあげないと彼らが困るだろう。僕がさらに剣を構えて一歩前に進み出ると、やがて全員が背中を見せて走り出してしまった。

(あ、盾…… いいんですか⁉)


「ふっふっふ、どぉーだ。まぁニャスカさんの手にかかればこんなもんよ!」

 投擲したナイフを拾い集めながら、彼女はご満悦な表情だ。

 ニャスカの腕はもともとすごかったからそこまで驚きはないとして、僕の技でも対抗できたのは自分でも驚いた。この身体にもかなり慣れてきたとは思っていたが、モンスターを繰り返し倒すことでこんなにも成長していたなんて。

 それにこの盾だ。しっかりとした木でできていて、形は丸型。騎士団標準のヒーター・シールドと比べると少し頼りないものの、ようやく騎士の相棒を手に入れた。剣の重さにも慣れてきたし、これでもっと安全に戦えるようになる。

 あの剣士には申し訳ないが、槍戦士と魔術師がいれば十分安全に地上まで帰還できるだろう。決して弱い訳ではないし、後衛が背負っていた背嚢にも物資が潤沢にあるように見えた。

 だが…… 一抹の不安はある。僕らのような妙な挙動のアンデッドは、真っ先にギルドに報告される恐れがある。ニャスカはギルドや冒険者といった存在が身近ではなかったのだろうか。あるいは先の戦闘で冒険者達を舐めているのかそんな心配は一切していないようだったが、あまりに軽率ではなかったか。

 そんな僕の視線を感じたニャスカはこちらに向き直ると、バンと背中を叩いて僕の手から剣を取り去る。

「なーにぃ、心配すーんなって! さぁ、先に行くよ!」

 そういうと、ニャスカはまた歩き出した。全く、何もないといいのだが……


   ◆


 後日、ガリア王国北東部に位置するレムリアの街、その中央に控えめに建てられた冒険者ギルド。普段は閑散としているこの屋内喫茶スペースだったが、今日はただらない雰囲気に包まれていた。何事かと周囲の冒険者達が見守る中、血相をかいた四人組のパーティが受付カウンターに殺到し喚き散らしていた。


「ほーんとうなんだって、信じてくれよ!」

「うーん、手強いゾンビが、えと、熟練の盗賊(ローグ)の技を…… ですか。はぁ。一応、メモさせて頂きますから」

「それだけじゃねえ! 骸骨戦士スケルトン・ウォリアーと連携して戦ってたんだ! ただ個体が強いんじゃねぇ、動きが完全に冒険者のそれだったぜ⁉」

「えぇ、えぇ、わかりましたから、少し落ち着いて……」

「これが落ち着いていられるか! しかもあいつ、俺の盾を奪いやがった‼ っきしょぉーっ」

 街のさらに外れにある崖にぽっかりとあいた洞穴、通称「ザビアティル洞窟」に依頼に向かった冒険者達が、先の二体のアンデッド個体について騒ぎ立てながら報告をしているところであった。

 前代未聞の報告に、まだ就任したての新人受付嬢は半信半疑といった様子だった。とりあえず目の前の興奮した男女を諌めるため、建前上の業務として特殊(ユニーク)個体と思しきモンスターの特徴を羊皮紙に書きとめていた。

 建物の窓側の席からその様子を聞いていたのは、筋骨隆々の髭面の男、そして純白のローブの女。

「にわかには信じられねぇ話だな」

「でも。聞いてしまったからには、捨ておけませんわね」

 艶のある女の声は音量こそ抑えていたが、一定の緊張感を伴っていた。

「はぁ〜…… ったく、仮に調査依頼が出たってよ、一銭の儲けにならなそうだぜこいつは。見たところあいつらまだ駆け出しみたいなもんだろ、信憑性も皆無ってもんだ」

 やれやれといった表情で大男はそう言いながら、獅子ような赤い頭髪をボリボリと掻いた。

「何を言ってますの。もし本当なら、被害はこんなものじゃ収まらなくなりますわよ。ほら、すぐ支度!」

「ったく、アンデッドとみりゃ真面目ぶりやがって。もし空振りになったら十杯おごりだぞ!」



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