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還る僕らにララバイを  作者: 阿里紀章
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
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3話 - 進撃の死人

「……にしてもアンタのその身体、どうなってんの?」

 洞窟を歩きながらニャスカに尋ねられる。そんなの、僕の方が知りたい。けれど声を発せない僕は、顎に手を当てることで一応のリアクションを示す。

「関節をつけたり外したりさ。普通のスケルトンも、身体をそういう風に魔力? で操作するのかな」

 確かに。でもそんなこと、これまで考えたこともなかった。この身体で生き残るのに必死だったから。少なくとも、自分の意思で関節を外す骸骨(スケルトン)なんて見たことも聞いたこともない。

「ってかあんた、どうやったら死ぬの? 頭蓋骨を砕いたらどうなるのかな?」

(突然怖いことを言い出すな、この人‼︎)

 自分の頭が粉々になるなんて、考えるだけで恐ろしくなった。だが、少なくとも頭が地面に落ちたり蹴飛ばされたりする程度ではこの髑髏は割れたりしないらしい。これも、骨を覆っている魔力で守られているからだろうか。

 魔力が枯渇したら、ただの骨になるのか? 今まで意識的に考えないようにしてはいたものの、避けては通れない問題だった。

「……ちょっと、なんとか言ったらどうなのさ⁉︎」

 これ以上怒らせないよう立ち止まり、考えていたことを端的にまとめて地面に書く。

「なるほどねー……なんだかアタシの身体と同じだ。少し切れたり千切れたりしても、再生してくるみたい。でも、あんまり酷いときは、たぶん回復のためなのかな、いきなり眠くなるんだよね」

 どうやらニャスカも似たような仕組みで生きているようで、なんとなく親近感が湧く。同じく、ダンジョンのマナを取り込んでいるのだろう。

「ま、モンスターとか魔法生物のことなんて、全っ然わからないけどさ」

 もし彼女が千切れ飛ぶような致命傷を負ったら。仮に彼女が言うような再生の能力があっても、絶対にそんな目には遭わせたくない。


    ◆


 ダンジョンでの戦闘は、思いの外順調に進んだ。ゴブリンやコボルト程度なら、二人の連携で対処できることが分かってきた。そして――

「ちょっと、あのベトベト苦手! なんとかしてよ!」

 天井に張り付いているスライムを見つけるなり、ニャスカはすかさず剣を渡して僕の影に隠れる。

 彼女をかばうように前に出ると、すれ違うように避けながら核を突き刺す。もはや慣れた手順だった。

「こいつったら、手を突っ込まないと急所に届かないし、すぐ肉を溶かされてしんどいんだよねー。いやぁ、ジル、骨だけのアンタも結構役に立つじゃぁないか〜!」

 そういって僕の目の前に立った彼女は、ゾンビとは思えない陽気な顔で僕の頭蓋骨をコンコンと小突く。彼女の顔が近づく。

 あどけない表情に思わず目を奪われそうになるが、ニャスカはさっさと剣を奪って歩き出してしまう。

 彼女の顔は腐ってても、今の僕にはとても眩しく見えた。彼女の背中を慌てて追いかけながら、思う。これってもしかして、僕がずっと憧れていた場面だったんじゃないだろうか……?

(そういえば、初めてまともに名前、呼んでくれたな)

 この暗いダンジョンでただ徘徊するだけの人生だったらどうしようと思っていたけれど、まさか、一人の女の子を守りながら洞窟を進んでいくような冒険の機会に恵まれるなんて。まるでお伽話に出てくる、龍を退治してお姫様を救い出して帰るときの、伝説の勇者みたいだ。

 彼女の笑顔を、なんとしてでも守り通そう。そう密かに誓いながらまた彼女の前を歩き出すのであった。


    ◆


 第二階層の敵相手にはまず負けようがなくなったことを確認し、階層の終端を目指して探索を進める。

 僕たちが「ダンジョン」と呼ぶその洞窟は巨大な地下構造を有している。一定の深度ごとに生息する魔物や風景が大きく異っているが、その終端には必ず階層の守護者がいるのだという。騎士団の遠征時に死亡した僕は、第二階層以降の守護者はまだ見ていなかった。


 騎士団の教本で読んだ通り、第二階層の終端の広間で待ち受けていたのはジャイアントバットの群れだった。部屋に入ると重厚な扉が閉まり、それと同時に、数十匹の大蝙蝠が襲いかかってくる。

 ダンジョンの蝙蝠は吸血のために噛みついてくるのが普通だが、僕は噛みつかれても一切ダメージを受けない。すぐさま前に出て、冷静に体に張り付いてくる個体を掴んで刺していく。

 「ちょっ、こいつら、多すぎ……っ!」

 まずい、ニャスカの周りに大勢が群がっている。危ない! とすぐ近寄るが、よくよく見ると彼女もダメージを受けていない。噛みつこうとするが、少しするとキィと鳴いてすぐに離れていってしまう。もしかして、血も腐っていてとても吸えたもんじゃないのだろうか。

 聖職者や魔術士が必要な相手のはずだが、今の僕たちにはまったく通じていない。まるで弱点を突かれる側と突く側が逆転したみたいに。そうして、ただ数が多いだけで通常の()()と変わらない要領で、あっけなく戦闘が終わる。

「なーんか拍子抜けだね」

 ニャスカも同様の感想を抱いたようだった。コクコクと頷いて同意する。

「でもさ、アタシが腐ってるってのは自分でも分かるんだけど……その……そんなに臭いかな?」

 自分の腕を顔に寄せてスンスンと匂いを嗅ぎながら彼女が言った。

(……やっぱり気にしてたんだ!)

 僕は慌てて首と手を横に振って否定する。しかし生憎、今の僕には嗅覚というものが無かった。だから何の根拠も無いけれど、気にしてるのならとにかく否定しておく。他に証言者はいないことだし、ここはとにかく安心してもらおう。

「まぁ、楽に進めるからいっか!」

 彼女はあまり細かいことを気にしない性格なようで、とにかく気まずくなってほしくない僕にとっては有り難かった。

 蝙蝠達が巣くっていた広間の奥にも、重厚な存在感のある扉が据え付けられている。ここを通過すれば、第三階層になるはずだ。

「ほら、剣よこして!」

 ニャスカに剣を預ける。ここまで来ても、まだ信頼しきってはもらえないらしい。騎士として誓いを立てた自分としては不本意だが、おとなしく剣を渡しておく。

 今はまだ頼りないかもしれない。でも、いつか必ず彼女の本当の騎士として側に立とう――そう、心に誓う。

 決意を新たに、第三階層への扉に手をかけた。


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