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還る僕らにララバイを  作者: 阿里紀章
第一部 - 絶望の底で、僕らは出会った
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2話 - 戦う君は美しい

 剣を叩きつけられ、蹴りで転ばされ、また立ち上がる。その繰り返し。教官と一対一の特訓はいつにも激しさを増している。

「剣で弾くだけじゃただの剣士と変わらねぇ。盾の使い方をもう忘れたか! ぐっと構えて、斜めに受け流すんだ。何度言われたら分かる!?」

 なんで教官と? ……あぁそうだった、別の騎士候補生との訓練の最中に呼び止められたんだった。盾の使い方が全く成っていないと。それで、騎士団流盾術と防衛剣術の補修を受けていたんだ。これは騎士団に入りたての頃の記憶だ。

 髭面でずんぐりむっくりした体型だが、その筋肉は現役を退いた今でも衰えず、寧ろ一層しっかりと鍛え上げられている。ボガード教官は不器用だけど、騎士団の候補生達を代々ずっと教えてくれていた。死んでもまだ夢に見るなんて、よほどあの時怖かった思い出が染み付いているのかな。

 その夢の中で、僕はかれこれ数時間は教官と訓練している気がする。ずっと怒られている。夢だとなんとなく分かっているのに目は一向に覚めない。夢の中で肉体はあるのに、もう心が折れそうだ。


「おい、まだ終わってねぇ。立ちやがれ! てめぇはなんなんだ、騎士だろう⁉」

「でも、教官。まだ僕は訓練課程を終えていません。それに…… 僕、もう骨になって」

「バッカやろう、なに寝ぼけたこと言ってやがる! それに、何になろうが知らねぇけどな。騎士団に入ってきた時、てめぇなんつった⁉」

「……大切な人を、守れるようになりたい、と」

 教官から拳骨が飛ぶ。僕はそのまま後ろに吹っ飛ぶ。理不尽だ。ただ素直に答えただけなのに。

「そうだ! これから、他の誰でもねぇ、()()()(まも)るんだ。お前の住む王国を……!」

 教官、僕はもう骸骨になって、ダンジョンから出られそうにありません。さらに何か喚いているが、ボガード教官の声はどんどん遠くなっていく。殴られた衝撃で、あれだけ長く感じられた夢はそうして唐突に終わりを告げた。


 …… 視界が洞窟の闇に戻ってきた。長く寝込んでいたようだ。ダンジョンのスケルトンというのは、このように定期的に眠るもなのだろうか? おまけに人間らしく夢まで見るなんて。

 生きていたら寝汗をぐっしょりかくような夢だったけれど、今の自分にはかつての教官の教えが有り難かった。かつて教わっていた基礎の動作を、洞窟の中で復習する。

 かつて憧れた近衛騎士団にはもうなれないけれど。せめて、ここに流れ着く冒険者を陰ながら護ろう。それで何になるか分からないけど、僕の気が狂ってしまうその時までは、とにかくそうしていよう。

 その為にはまず浅層のモンスターを退治しながら、少しでも強くなるんだ。分かり易い目標を心に立てて、僕はまた立ち上がると暗闇の中を歩き出した。

 それにしても。

(やっぱり、盾が欲しいよな……)

 盾のない騎士なんて、全くもって格好がつかない。いや、今の僕は骸骨(スケルトン)だからそれ以前の問題か。しかし、慣れ親しんだ盾術が使えないのは本当に心もとない。騎士団員にとっては盾こそが頼れる相棒なのだ。ただ剣を振るうだけでは自分自身すら護れない。


    ◆


 そうして、スライムやゴブリンだけじゃなく、他の屍人(ゾンビ)巨大蝙蝠(ジャイアントバット)といった浅層の魔物との闘いにも慣れて魂の位階を数度経験した頃だった。

 洞窟を歩いていると、前方から足音が響いてくるのに気がついた。

(……人型のモンスターか?)

 やがて暗がりからゆっくりと現れたのは、革鎧に身を包んだ女性だ。

 冒険者? しかし一人のようだ。隙のない足取りでゆっくりとこちらに歩いてくる。

 魔力の篭った眼は暗闇をよく見通せる。さらに観察すると、女性の首や肩口の肉がところどころ腐り堕ちていることが分かる。

 赤い髪に、生前からそうだったであろう浅黒い肌。顔立ちは整っており、猫目がちな目元が印象的だ。肌に生気が通っていれば、さぞ美しかったのではないか。しかしその燃え上がるような瞳は、一切の油断なくこちらを睨んでいる。

(ゾンビだ! 女性型の!)

 剣を両手で構えてゆっくりと近寄る。

 しかし、屍人にしてはやけに装備が整っている。盗賊の、産まれたての屍人?そんなの聞いたことが…… そこまで考えたところで突然、女性型の屍人が一気に間合いを詰めてきた。

(速い!)

 腐った死体とは思えぬ身のこなしで、首筋を目掛けてナイフが振り抜かれる。その速度に驚いたものの、剣筋自体は単純なものだったのが幸いし、辛うじて剣でいなした。

 体勢も崩されずにいったん間合いを取ったところで、屍人の目が大きく見開かれた。

「この技術、ナイト? にしては……」

(しゃ、喋った⁉︎)

 ややハスキーな感じのする、凛々しい声だ。僕は思わず手を広げて前に突き出す。『待ってくれ』と叫ぼうとしたが、顎関節が虚しく動き、歯があたってカタカタと鳴るばかりだ。

「詠唱! 魔術師(メイジ)⁉︎」

 そう短く呟くと、彼女は大きく後方に飛び退いて間合いを取った。着地と同時に横方向に走り出す。

(じゃないよ、杖持ってないでしょ⁉︎ というかこのゾンビ…… 意思がある‼︎)

 僕の『詠唱』を妨害するためか、彼女は走りながら右手で腰のナイフを二本同時に抜き放ち、そのまま投擲してきた。

「これでどう⁉︎」

 意識を極限まで集中させて防御姿勢を取る。二本目は?向こうの手からはナイフが二本とも無くなっている。つまり、ナイフは寸分違わず同じ軌道を描いているということ――影投擲(シャドウスロー)!僅かな速度差で後続のナイフも迫っている。

なんとか一本目を剣で弾けたが、続く刃が胸のコアに向かってくる。

(躱せない!)

 防御のため振り抜いた勢いのまま身体を捩り、前腕骨を自身とナイフの間に捩じ込む。受けた腕甲ごと左腕が弾け飛ぶ感覚。

 右手でなんとか剣を保持していることを確認しながら、たまらず後退りする。

(まずい、この屍人、ただの野党崩れの死体かと思ったらとんでもなく強い! それに、明らかに意思がある。魂があるんだ。もしかしたら…… 話が通じるかも知れない)

 幸いにも、彼女は投擲を防がれたことに舌打ちをし、警戒してこちらを睨んで足を止めている。

 一か八か背中に迫ったダンジョンの壁に向かって、僕は勢いよく剣を振り下ろした。そのまま文字になるよう、大きく傷をつけていく。


『まて』


 屍人はこの上なく驚いた表情を見せてから、逆手に持ったナイフを大きく前に構えた。これまで以上に警戒感を顕にしている。

「戦わないってこと? ふざけてんの?…… 何を狙ってる⁉︎」

 頭で考えるより先に、僕は剣を投げ捨てていた。

急いで足元に転がっていた石を拾い、相手に見える向きで地面に文字を書いた。


『にんげん』


 どうだ? 見ると、屍人の眉間にシワが寄っている。まだダメだ!

 ええいままよと、残っていた右腕の肩に通っていた魔力も切る。右腕がカラリと地面に落ちる。

(やっちゃった、もうこっちからは何もできない。これで分かって貰えなければ終わりだ……!)

 僕は両腕を失った状態でそのまま正座し、頭を地面に打ち付けた。もはや処刑を待つ騎士の格好である。

(これで降参の意思が伝わらなかったら何をしてもダメだ、頼む……!)

 やや間を置いてから、ようやった彼女は呟いた。

「いや、あんた…… 骨じゃん……」

 二体のアンデッドを、気まずい沈黙が包んだ。


 彼女はぶつぶつと何かつぶやきながらしばらく迷っていた様子だったが、最後にはぁっとため息をつき、ナイフで打ち落とした僕の左腕の骨を拾うと僕の方に投げてよこした。

「自分で腕をはずせるってことは、くっつけられるんでしょ? はい」

 前腕と手の骨にはまだ魔力の残滓が残っているのか、くっついて腕と手としての形を保ってる。

 腕の骨をの肩口に添えると、骨はまるで何事もなかったかのように肩のくぼみに収まった。

「妙なことしたら、すぐにアタマかち割るからね⁉︎」

 彼女は全く警戒を緩めていない。僕は跪いた姿勢のまま、動くようになった左手で地面に字を書き続けることにした。

 話を聞いてくれることになった彼女の気が変わらないうちに、ごくごく手短に自分自身について書く。名前、生前は騎士であったこと。なぜ死んだか。

「それでダンジョンをうろついてたって訳…… で、あんた、私にこんなこと説明して、何が目的?」

 僕はすぐに文字を続ける。

『どうしたらいいのか、わからない』

 それを見た彼女はチッと舌打ちをした。頭を掻きながら足でトントンと地面を叩いている。まずい。もっと率直に自分の意思を伝えるんだ!

『仲間になりたい』

 彼女の目がギョッとしてさらに眼窩からこぼれ落ちそうになっている。流石にいきなりすぎたか? でも、互いに仲間がいた方がダンジョンでの安全度は格段に上がるはずだ。

 問題はこんな変な展開でこちらを信用してくれるかどうかだが、もうこっちは死んだ身だ。勢いに任せてそのまま書く。

『君の盾となる 誓う』

 すかさず、僕は片膝をついた。

 騎士としての誓いの儀式のつもりで、僕は彼女に向ってこうべを垂れた。これで頭を落とされたらもう仕方がない。

 しばらく何の返答も無かったのでチラっと彼女の方を見ると、眉毛と口をへの字にしてこっちを見下ろしている。

「……盾、持ってないじゃん」

 そう言うと彼女は深いため息をついた。


    ◆


 ……気まずい。

 完全に呆れた様子の彼女は、跪く僕を置いてスタスタと通路を歩き出してしまった。

(あぁ、フラれた。まぁ、トドメを刺されなかっただけマシか)

 などと思い悩んでいると、放り投げた僕の剣を持ってすぐ戻ってきた。

 剣を持ち上げている。

(あ、やっぱトドメ刺される⁉︎ もう間合いにいる! 回避もできない!)

 ――そりゃそうだよな。強かったし。きっとさぞかし名のある盗賊だったのだろう。

 あぁ、死んだらどうなるんだろう。いやもう死んでるけど。でも、こんな訳わからない悪夢、もう終わりにしよう。なんか、彼女に殺されるなら、それでもいいかもしれないな。

 と、彼女は剣を地面に突き刺した。固い金属音があたりに響く。

「剣は私が預かる。あんたが前歩いて! 妙な事したらすぐ頭落とすから。いい⁉」

 ……よかった。全く信用されてないけど、とにかく話が通じたようだ。コクコクとうなずいてから、気になっていたことを地面に書く。

『きみの なは』

「……ニャスカ。ただのニャスカ。」

 モジモジした様子でそう呟く。

『かわいらしい なま』

 そこまで書いた時、衝撃とともに視界がぐるぐると回転した。ニャスカさんの放った蹴りが炸裂し、僕の頭を吹っ飛ばしたらしい。そのまま髑髏がダンジョンの壁に当たって乾いた音を立てる。

「て、てめぇ! 殺すぞ⁉」

(いや、もう死んでるけど……)

 こうして僕は、この意思ある屍人、ニャスカさんの騎士となった。

この人についていけば、もしかしたらなんとか元の姿に戻る手がかりが見つかるかもしれない。

 少なくとも、ダンジョンのモンスターにすぐにバラバラにされることはなくなりそうだ。


 そして何より…… これは後で気づいたことだけれど。

 屍人になれ果ててもなお健気で美しく戦う彼女の姿に、僕はすっかり一目惚れしてしまっていたのだった。


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